花粉症・アトピーも緩和する?!ホメオパシー事典

2007年5月28日月曜日

漢方医学日本の歴史

日本

古代~中古
日本には朝鮮半島を通じて、あるいは遣隋使・遣唐使によって中国から伝えられた。982年には現存する日本最古の医書『医心方』が丹波康頼によって編纂された。13世紀頃には禅宗の僧が医学の担い手となった。

中世
しかし、日本で現在の漢方医学といわれるものが発展するのは16世紀になってからである。明に留学した田代三喜は金元医学を学んだ。その弟子であり織田信長に重用された曲直瀬道三は金元医学を解説した『啓廸集』を著わし、また医学舎「啓廸院」を創り多くの弟子を教えた。金元医学を元にした医学はのちに後世派(ごせいは)と呼ばれる。この時代に医学と宗教の分離が行われた。

近世
17世紀には名古屋玄医が『傷寒論』への回帰を訴えた。後藤艮山、香川修庵、山脇東洋、吉益東洞らがこれに続いた。この流れは古方派(こほうは)と呼ばれる。後世派が陰陽理論や五行理論といった抽象的な理論に基づくのに対し、古方派は実証的に『傷寒論』を解釈することに務めた。しかし古方派の実証主義が結果的には西洋医学流入に伴い漢方医学が衰退する一因となる。

近代
明治以降は西洋医学を学び医師免許を取得しなければ医師と名乗ることが出来なくなった。現在でもこの規程は有効であり、純粋の漢方医は日本には存在しない。ここに至り遂に漢方は壊滅の危機に瀕したが、1910年に和田啓十郎が『医界之鉄椎』、その弟子の湯本求眞が『皇漢医学』(1928年)を著わし漢方医学の復権を訴え、西洋医学を学んだ医師が漢方も学び実践する形で生き長らえた。

現代
1950年には日本東洋医学学会が発足した。1976年には漢方方剤のエキス剤が健康保険適用になり、広く用いられるようになった。医学部で西洋医学を学んだ医師たちのあいだでも、かなりの人々が漢方医学に関心や理解を示すようになったが、陰陽五行説など確固たる漢方理論に基づいて漢方医学を理解している人々は、2007年現在、残念ながらまだ一握りと言わなくてはならない。

その他の地域
漢方医学(或いはそれに類するもの)は中国、日本以外にも、韓国(韓医学)、北朝鮮(高麗医学)、ベトナム(東医学)など広い範囲で行われている。
近年、韓国において韓医学について世界文化遺産の認定申請を行う動きがあり、漢方医学のルーツを自認する中国との間で論争が起こっている。


(出典:ウィキペディア

ラベル:


スポンサードリンク