花粉症・アトピーも緩和する?!ホメオパシー事典

2007年5月31日木曜日

灸とは

灸(きゅう、やいと)は温熱刺激によって生理状態を変化させることで、病気を治療しようとする伝統的医術。主に中国医学、モンゴル医学、チベット医学などで行われる。
日本や中国ではもぐさを皮膚に乗せて火を点ける方法が主流だが、応用として、金属を熱して近づけるなどの他のやり方も考案されている。また漆やベニバナなどの薬物を塗布する方法も、薬物灸と称され、灸法の一つに含まれる場合がある。
基本的には経穴の部位や患部の皮膚表面にヨモギの毛であるモグサを燃焼させて、温熱刺激を与えるものである。類似する他の外治法と比べると火力が弱く、加熱時間が長く、熱の浸透作用が強い事を特徴としている。
灸を業として行う場合は灸師免許が必要となる。
按摩マッサージ指圧師、鍼師、灸師等に関する法律で、資格要件に罰金刑以上(死刑・無期懲役・有期懲役・禁固を含む)の刑罰を受けた者は取得資格がほぼ与えられない。

灸の歴史

灸灸の起源は約三千年前の古代中国の北方地方において発明されたといわれている。インドやチベットという説もあるが、多くの地方に皮膚を焼くことを治療行為とする伝記は残っている。
日本において鍼、灸、湯液などの伝統中国医学概念は遣隋使や遣唐使などによってもたらされたといわれている。灸は律令制度や仏教と共に日本に伝来したが、江戸時代に「弘法大師が持ち帰った灸法」として新たな流行となり、現在も各地に弘法の灸と呼ばれて伝わっている。また他にも「家伝の灸」として無量寺の灸、四ツ木の灸などがある。これらの灸法は打膿灸と呼ばれ、特に熱刺激が強く、皮膚の損傷も激しいため、あまり一般化していない。打膿灸は日本において腰痛や神経痛など様々な症状に用いられるが、実際のところは腫れ物(癰)などに用いたのではないかとも考えられる。
鍼とは異なって、奥の細道にも『三里に灸すゆるより』とあるように、旅路での足の疲れを癒したり、徒然草にあるように「40歳以上の者は三里に灸をすると、のぼせ(高血圧)を引き下げる」というように、灸をすることは庶民へ民間療法的側面を強くしながら伝わっていった。
もちろん公家や医官の間でも灸法は発達し『名家灸選』や『灸法指南』などといった書物が編纂された。戦後に活躍し昭和の名灸師と言われた深谷伊三郎は『黄帝明堂灸経』や『名家灸選』などを読んで深谷灸法を作り上げた。ただし彼の灸法は、日本独自の医書だけではなく、中医学で行われている灸法や奇穴も取り入れており、そのツボに灸することで効くという単純さが現在も多くの鍼灸師に多大な期待を与えてくれている。
ちなみに、英語では艾のことを「モグサ」よりMoxaと呼び、灸法のことをMoxibustionという。

灸を据える
子供などを強く叱る意味の言葉として『灸を据える』『やいとを据える』という言葉があったが、家庭での灸が行われなくなったため、あまり聞かれなくなった。言葉の通り指頭大の灸を四肢や背部、臀部などに据えて我慢をさせるしつけであるが、これにより「灸はやけどが残るほど熱いもの」としてイメージが定着することとなった。また灸の医療としての価値が損なわれる言葉でもあった。
実際に鍼灸院などで使われている灸は米粒大・半米粒大の灸や熱くなると取る知熱灸が主流なので、人により知熱感や肌の弱さによって異なってくるが、チクリとする程度の熱さ程度ないし目に見えるか見えない程度のやけどであることが多い。 但し、上記にある弘法灸や家伝の灸のように故意に火傷や膿を形成すると、免疫力が高めると言われているが、実際に免疫力が上がるかどうかは、綿密な研究が為されていないため、安易に行うには疑問が残る。

隠喩
「お灸」という言葉は、かなり昔から、「お仕置き」、あるいは「制裁」という意味の隠喩(メタファー)としても用いられてきた。90年頃までは新聞記事などにも、「汚職公務員に厳しいおキュウ」などと書かれたことがある。しかし、お灸は、東アジアの伝統的な優れた医療であり、こうした意味に使われるのは好ましくないと、日本鍼灸師会が主張、現在は使われなくなった。


(出典:ウィキペディア


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2007年5月30日水曜日

気とは


気を参照のこと。 気は目には見えないが何らかの働きのあるものととらえることができる。伝統中国医学では気血と言えば、具体的に体を巡っているものと考えられ、西洋医学で血液が血管を巡るのと同様に気は経絡を巡るものと考えられている。鍼灸治療はそうした気血の巡りをよくすることに主眼がある。気功の気は、明らかにこうした中医学の「気」のニュアンスを強く持っている。実際には、気は体内に、ある変化として感覚されるものを指すことが多い。そうした気の感覚のことを気感と言う。また、気は伝わる性質を持つ。例えば人から人へと瞬時にある状態が伝わる。そうした現象を利用して外気治療などが行われることがあるが、あくびや笑いが伝染するように、そうした気の現象は日常生活の中に常にある。また、公園で樹木と向き合ったり、海辺で波を感じたりしながら、自然界の気と交流することも気功ではよく行われている。気功の修練を積んだものは、気を目視することができるようになるという。

気とは
気の原義は、流れる雲の象徴であり、流動し変化していくことが気の本質である。その意味で、気とは目に見えない自然の働きそのものととらえることができる。また、伝統中国医学では、気が足りないこともまた余分にありすぎることも病気の原因とされ、体内の気の流れを良くしバランスをとることが重視される。
また、中国の思想の中では気の概念は欠かすことができない重要なものだ。老荘思想でも、中国武術の世界でも、中医学でも、「気のせい」と言うような漠然としたフィーリングのことではなく、具体的な作用を持つある意味で生命エネルギーとも喩えられるものとして共通の感覚を持って語られてきた。
ただし、一口に気といっていも、実際はさまざまなものを、一括して気と呼んでいる。その為、人によって気の説明が異なることもある。気功師によっても見える気が異なっていて、暖かく感じたり冷たく感じることもあるという。
調査したところ、手のひらなどから大量の赤外線が出ていることが判明。 この赤外線により、催眠などの特殊効果をおこす。ただし、赤外線が出ているというのは温度が高い事の言い換えである。
気の正体については、赤外線説だけでなく、微弱な生体磁気の変化に伴う情報伝達であるという説も存在する。人の脳には磁気に敏感に反応する物質が大量に存在することが分かってきており、普通の人は通常意識出来なくとも無意識のうちに脳はそれらの情報を感知しているとも言われている。ダウジングが可能なのも、人の脳がごく微弱な磁気の変化を感知できる優れた能力を潜在的に備えていることに由来するという説を唱える人もいる。人の体は神経を流れる脳からの電気信号で動いているが、これに伴って生体磁気のあり方も様々に変化する。気功師が気を発するときには、てんかんの発作に似た特殊な脳波の状態になっていることなどが確認されているケースもあり、平常時とは異なる生体磁気のパターンが見られることが注目されている。生体磁気の情報が人から人へと伝わることが、背後の人の視線を気配として感じ取る、殺気を感じるといった、気にまつわる様々な現象として日常的にも知覚されているのだと説明を試みる人もいる。
気功のメカニズムを生体磁気説の側から解き明かそうとする幾つもの興味深い実験が行われているようである。たとえば、電磁流体(プラズマ)をコンピューターで緻密に制御する技術を応用して、無数の電磁石に相当するものを作り出せるタイプの特殊な経頭蓋磁気刺激装置を用いて、気功師が発する生体磁気を再現することで、外気功による治療過程を再現する試みなどである。しかし、いまだ全ての現象を解明するには至っておらず、不明な点も多い。近年コンピュータと人間の脳を電磁気的な手段で接続する技術(脳-コンピューター直結インターフェース)の分野の研究が急速に発達してきているものの、最先端分野の研究の詳細は企業秘密とされてなかなか公開されないことが、気功の正体を生体磁気の側から解明する研究を進める大きな障壁になっていると指摘する人もいる。

催眠、療養と気功
気功による治療、外気功は暗示による催眠効果、偽薬効果であるという主張する向きもある。しかし、外気功による幾つかの実験では被験者の視界の外、つまり被験者に気付かれない所から外気功を行なっても気功の効果があったと言う事例もある。 最近の研究では、気功による療養のメカニズムとして、気功師は自分の手の体温を上昇させることにより独特な遠赤外線を発生させ、これが人体のツボに作用していることが発見されている。
一方、イメージ・トレーニング、自己催眠の自律訓練法やトランスパーソナル心理学と気功は共にある種の観応現象を利用して無意識の変化を促すという部分で非常に近い面がある。

錬功
錬功(れんこう)とは、気を練ること。練功とも書く。気功の修行は練習とは言わず錬功という。気功では難しい動作ではなく単純な動作を繰り返し行い、気を鍛錬する日々の積み重ねが大事とされる。功とは積み重ねた功夫のことである。

気の見方
気は修練を積めば、誰にでも見えるものだと言われている。次に紹介する方法で確認できるかもしれない。

部屋をやや暗くして、白い壁に向かって両手の手の平をかざし、手の甲を自分に向ける。
五本の指をすべて伸ばし、左手の中指と右手の中指を向かい合わせるようにする。
指と指の間を1cm位離して、視線は指ではなく指と指の間を見るようにする。
そのまま、30秒ほど見つめ、視線は動かさず、両手を左右に広げる。
慣れてくると、両手の指先から気が放出しているのが見えるようになる。

ただし、この方法によって見えるのが本当に「気」であるのかどうかは不明なので注意が必要である。残像現象も参照の事。


(出典:ウィキペディア

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2007年5月29日火曜日

気功とは?

気功

気功(きこう)は、中華人民共和国で編纂された中国伝統の各種養生法を中医学に基づき再編した健康法である。1957年に劉貴珍が『気功療法実践』を著し、気功という名が一般に定着した。

中国での状況
気功の基本は、心身のリラックスにある。中国語では体のリラックスのことを「放鬆」(ほうしょう)、心の安定した状態を「入静」(にゅうせい)と言っていて、両者を合わせた「鬆静」(しょうせい)状態が気功を行なうときの基本となっている。心身が安定してゆるんでいる状態で、動作、呼吸、イメージを用いて、総合的に心身の自己コントロールを行なうのが気功の特徴である。また、スポーツでは筋肉を鍛えるが、気功は内臓を鍛えるともいう。
気功の源流は、陰陽五行思想、古代医術やシャーマニズム、中国武術、導引や按摩など民間の養生法、仏教・道教などの宗教の修行法など多岐にわたる。そうした様々な行法の中から、病弱な人でも自分でできる効果が高いものを選び、簡単なことの繰り返しで成果が上がるように工夫されてきたのである。日本からは岡田式正座法、霊動法などが伝わり中国気功に影響を与えた。また、例えばインドのヨーガはヨガ気功と言われていた。
中華人民共和国では中医学の経絡理論などと結びついて、健康法として簡化太極拳と同様公園などで広く行なわれていた。また、一定の医療効果を上げてきたので、中国では病院や療養所などで気功科を併設している場合もある。そうした、医療健康面での功績のために、布教活動が禁止されている中国の中でも、気功と言えば宗教的な色彩のものでも容認される傾向が生まれ、1980年代以降、新しい宗教気功が次々と現れた。その結果、中国政府は共産党に批判的な法輪功を弾圧し、1999年の法輪功事件に至った。
法輪功事件以後、集団で気功をすることの規制が厳しくなり、現在の中国では郭林新気功など一部の公認グループを除いて公園で気功をしているのを見なくなった。中国では現在、健身気功という政府公認の気功を編集している。

一指頭禅
一指頭禅(いっしとうぜん)とは、指の先に気を集中させる気功のことである。派によって、さまざまな一指頭禅が伝えられている。たとえば中国のある仏家気功においては、入門希望者の資格試験として行われる。師は、だまって親指を一本立てて入門希望者に見せる。入門希望者は、親指の周囲の気の形を答える。つまり気の形が見えるものは入門を許され、見えないものは入門を許されない。中国気功においては、気は目に見えて当然というわけなのである。日本の禅における公案の一指頭禅とは、その内容をまったく異にする。

日本・台湾の状況
日本列島や台湾島では中国大陸と交流が深く、中国国内のような規制がないため、気功各派の自由な交流があり、武術、健康法や民間体育、各国の伝統療法、現代の臨床心理療法などとも結びつきながら、様々に深化発展している。
分類では、体操と呼吸法とイメージ・トレーニングとを併せたような内気功と、その応用として超能力的な外気功とに大別される。さらに、外気功を二つに分け、美容や治療を含めた健康面に関する気功を軟気功、護身術など相手を倒したりするものを硬気功と分類する場合もある。


(出典:ウィキペディア

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2007年5月28日月曜日

漢方医学日本の歴史

日本

古代~中古
日本には朝鮮半島を通じて、あるいは遣隋使・遣唐使によって中国から伝えられた。982年には現存する日本最古の医書『医心方』が丹波康頼によって編纂された。13世紀頃には禅宗の僧が医学の担い手となった。

中世
しかし、日本で現在の漢方医学といわれるものが発展するのは16世紀になってからである。明に留学した田代三喜は金元医学を学んだ。その弟子であり織田信長に重用された曲直瀬道三は金元医学を解説した『啓廸集』を著わし、また医学舎「啓廸院」を創り多くの弟子を教えた。金元医学を元にした医学はのちに後世派(ごせいは)と呼ばれる。この時代に医学と宗教の分離が行われた。

近世
17世紀には名古屋玄医が『傷寒論』への回帰を訴えた。後藤艮山、香川修庵、山脇東洋、吉益東洞らがこれに続いた。この流れは古方派(こほうは)と呼ばれる。後世派が陰陽理論や五行理論といった抽象的な理論に基づくのに対し、古方派は実証的に『傷寒論』を解釈することに務めた。しかし古方派の実証主義が結果的には西洋医学流入に伴い漢方医学が衰退する一因となる。

近代
明治以降は西洋医学を学び医師免許を取得しなければ医師と名乗ることが出来なくなった。現在でもこの規程は有効であり、純粋の漢方医は日本には存在しない。ここに至り遂に漢方は壊滅の危機に瀕したが、1910年に和田啓十郎が『医界之鉄椎』、その弟子の湯本求眞が『皇漢医学』(1928年)を著わし漢方医学の復権を訴え、西洋医学を学んだ医師が漢方も学び実践する形で生き長らえた。

現代
1950年には日本東洋医学学会が発足した。1976年には漢方方剤のエキス剤が健康保険適用になり、広く用いられるようになった。医学部で西洋医学を学んだ医師たちのあいだでも、かなりの人々が漢方医学に関心や理解を示すようになったが、陰陽五行説など確固たる漢方理論に基づいて漢方医学を理解している人々は、2007年現在、残念ながらまだ一握りと言わなくてはならない。

その他の地域
漢方医学(或いはそれに類するもの)は中国、日本以外にも、韓国(韓医学)、北朝鮮(高麗医学)、ベトナム(東医学)など広い範囲で行われている。
近年、韓国において韓医学について世界文化遺産の認定申請を行う動きがあり、漢方医学のルーツを自認する中国との間で論争が起こっている。


(出典:ウィキペディア

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2007年5月26日土曜日

漢方医学の歴史

歴史

中国大陸

古代
殷代の甲骨文などには「医」「薬」といった文字は見当たらず、まだ人々のあいだに医療という概念がなかったものと思われるが、やがて巫祝(ふしゅく)と呼ばれる、集落の神事とともに人々の病も癒すシャーマン的存在があらわれることになる。最初の医療は、今でいう「占い」「魔よけ」にあたるものが主流であったが、やがてそこへ生薬などの「薬物療法」や、鍼灸の原初的段階が組み入れられていく。それとともに巫祝も、巫を専門とする神官的な存在と、医を専門とする医師的な存在に別れていったと考えられている。
こうして秦以前にも扁鵲(へんじゃく)などの名医の存在が数々の記録に残っており、たとえば扁鵲は六不治の一つとして「巫を信じて医を信じざればすなわち不治」をかかげ、すでにこの時代に医者とシャーマン的な存在、すなわち医学と宗教ははっきり分離していたことをうかがわせる。

中古
前漢(紀元前202年〜紀元8年)の時代には『黄帝内経』という現在知られている最古の医書が編纂されている。後漢(25年〜220年)の時代に張仲景により『傷寒雑病論』が編纂される。ただ、この『傷寒雑病論』は、長い戦乱で散逸し、雑病の部分だけが見つからず、『傷寒論』だけが残り、孫思邈の『千金要方』などに、引用文などが書かれてはいたものの、『雑病』にあたる部分は発見されずにいた。北宋時代に王洙が『金匱玉函要略方』を発見し、その後半部分が『雑病』の部分にあたるとして、林億らによって、『傷寒論』と重複する部分を分けられ、『金匱要略(正式名称は金匱要略方論)』として、世に出回ることになる。ちなみに、張仲景は、『傷寒雑病論』の序文において、『黄帝内経』を理解してから読まなければならないと書いており、『黄帝内経』も読まずに『傷寒論』『金匱要略』を軽々しく扱うことには疑問視する流派もある。『傷寒論』は現在医学でのインフルエンザと推測される急性熱性疾患をモデルに病勢の進行段階と治療法を論じたとする流派もあるが、『傷寒』とは狭義の意味は急性熱性疾患であるが、広義は熱性疾患のみに留まらぬ意味もあるため、これもまた意見の分かれるところでもある。伝統中国医学は張仲景によって初めて理論的に体系化されたともいわれる。

中世
金・元時代(960年〜1367年)には金元四大家と呼ばれた劉完素、張子和、李東垣、朱丹渓らが現われる。『黄帝内経』の理論を元に六淫理論、四傷理論といった新しい理論が表された。一方南宋では「太平恵民局」という公立の薬局が設けられて医者や官民に良質な薬を提供するシステムが構築され、宋慈が『洗冤集録』という世界初の本格的な法医学書を著しており、こうした成果は南宋を滅ぼした元王朝にも継承された。
また、明の時代に医師の李時珍が『本草綱目』を著して薬学・本草学の分野でも大きな進歩があった。


(出典:ウィキペディア

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2007年5月25日金曜日

漢方医学と西洋医学の比較

陰陽
陰陽は様々な文脈で用いられた。例えば『傷寒論』では病状を陽と陰に分類し、それを更に三分類する。これを三陰三陽といい、太陽病、少陽病、陽明病、太陰病、少陰病、厥陰病がそれらである。
大略病状が活動的で、表に現れる場合を「陽」と表現し、逆の場合を「陰」と表現する。

五行
『傷寒論』では分類用語であった陰陽は、宗代になると哲学的な文脈でも用いられた。同時に五行説が取り入れられるようになった。五行と五臓(西洋医学の臓器とは異なる概念である)との対応は次のように考えられた。
木 - 肝
火 - 心
土 - 脾
金 - 肺
水 - 腎

表裏と虚実
実は体力の充実している状態、虚は体力の衰えている状態であるが、体のどこが虚しているかが重要である。
表実証 - 悪寒、頭痛、発熱があっても発汗しない
表虚証 - 悪寒、頭痛、肩こりがあり、脈が浮弱で、発汗しやすい
裏実証 - 腹部が充満し、便秘・口渇があり、脈が沈で力がある
裏虚証 - 腹部が力なく、食なく、下痢・嘔吐しやすく、脈が沈で弱い

気血水
気血水説は古医方を唱えた吉益東洞の考えを、長男の吉益南涯が敷衍した理論であると日本では言われているが、『黄帝内経』に同じような記述も見られる節もあり、表現が違うだけで吉益東洞が考えたというのは甚だ疑わしいとする声もある。

気滞証 (きたいしょう)
「気」の鬱滞が病気を起こすという発想は古くからみられ、後藤艮山によって大いに唱えられた。血も水も気によって動かされるので、気の鬱滞は血、水の鬱滞をもたらす。

瘀血証(おけつしょう)
俗に「ふる血」と呼ばれる状態で「血」と呼ばれるものが停滞した状態である。

痰飲証(たんいんしょう)
痰は水、すなわち喀痰を含んだ体液全般を指す。狭義には胃内の停水をいう。
この項の参考資料
大塚敬節 『漢方医学』 創元社(大阪) ISBN 4-422-41110-1

西洋医学との比較
漢方医学のこれらの理論は、のちに西洋医学から「非還元主義的である」「非科学的である」「あんなものは医学ではない」などと批判されることとなる。
しかし、漢方医学はもともと非還元主義的な、直感主義的な診察を選り好んで採用してきたのではなく、漢方医学が発達を遂げた古代から中世までの時代においては、そうした診察法しか方法論的にありえなかった、という反論がなされている。
また逆に、西洋医学に基礎をおく現代の医療が、「還元主義的な医療」を念頭に置くあまり臨床検査データに頼りすぎ、それゆえにかえって見えなくなる領域、治せなくなる病症がある状況を鑑みれば、非還元主義的な漢方医療が現代においては、それに対する欠くべからざる補完的役割を果たしていることが指摘される。
さらに「患者を医師の五感でよく観察すべし」という診察法は、どのような医学を修めた医師にとっても共通の指針であるともいえよう。


(出典:ウィキペディア

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2007年5月24日木曜日

漢方医学とは・・・

漢方医学
漢方医学(かんぽういがく)とは伝統的診断法によって、生薬による処方を行い、病を治療する方法、もしくは、その医学大系。これによって処方された生薬による処方を漢方薬と称す。また、漢方には、漢方薬による治療のみでなく、鍼灸や按摩、食養生などが含まれる。
中国では、漢方と称することはなく、湯液と称することが多い。
日本においては、漢方と称することが多いが、これは江戸時代の古方派を由来とする医学を指す。古方派の医学は、漢代の張仲景による『傷寒雑病論』を聖典とするため、明治以降の古方派による漢方復興運動に伴い、漢方と称するようになった。
『傷寒雑病論』は、『傷寒論』(しょうかんろん)と『金匱要略』(きんきようりゃく)と呼ばれる二つの経典が含まれる。
漢方という語は江戸時代にヨーロッパの医学(蘭方医学)が伝わり始めた頃に、そちらと区別するために使われるようになった。また、明治時代以降は、皇方・皇漢方・和方・和漢方とも呼ばれた。

診察法

概説
症状を含めたその患者の状態を証(しょう)と呼び、証によって治療法を選択する。証を得るためには、四診を行うだけではなく、患者を医師の五感でよく観察することがまず必要である。
西洋医学では、患者の徴候から疾患を特定することを「診断」と呼び、これに基づいて疾患に応じた治療を行う。しかし漢方医学では、治療法を決定すること自体が最終的な証となる。例えば葛根湯が最適な症例は葛根湯証であるという。
証の分類と治療法の選択について、以下のようにさまざまな理論化がなされた。

気血水理論による診察法
例えば気血水理論では、
気(き)
人間の体の中を巡っている仮想的な「生命エネルギー」のようなもの。
血(けつ)
体内を巡り組織に栄養を与える。血液がそれに近い。
水(すい)
血液以外の体液がそれに相当する。
の3つの流れをバランスよく滞りない状態にするのが治療目標になる。
本ページ「気血水」の項、参照のこと。

陰陽五行理論による診察法
また、陰陽五行説も理論化に用いられた。

四診
治療法を決定するためには四診(望、聞、問、切)を行う。
望診(ぼうしん)
医師の肉眼による観察。体格、顔色、舌の状態等。特に舌の観察をもとにした診断を舌診(ぜっしん)と呼び重要視される。
聞診(ぶんしん)
医師の聴覚、嗅覚による観察。患者の声、咳の音、排泄物の臭いなどから診断する。
問診(もんしん)
漢方独自の概念はあるものの、基本的には西洋医学と同様に家族歴、既往歴、現病歴、愁訴を問う。西洋医学よりも詳しく、一見無関係な質問も行い、全身状態の把握に努める。
切診(せっしん)
医師の手を直接患者に触れて診察する方法。脈の状態から診断する脈診(みゃくしん)と腹の状態か
ら診断する腹診(ふくしん)が特に重要である。

(出典:ウィキペディア

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2007年5月23日水曜日

法律上の問題

法律上の問題
詳細は医業類似行為を参照
上記にもあるが日本では法制化されていない為、法に定められる以外の民間療法行為となる。

医業類似行為
あはき法では、「あん摩マッサージ指圧・はり・きゅう・柔道整復」といった医業類似行為を行うためにはそれぞれ3年以上の専門教育機関を卒業し国家資格の免許を受けることが義務付けられており、「あん摩マッサージ指圧・はり・きゅう・柔道整復」以外の医業類似行為については、「当該医業類似行為の施術が医学的観点から少しでも人体に危害を及ぼすおそれがあれば、人の健康に害を及ぼす恐れがあるものとして禁止処罰の対象となる」とされている(厚生省医務局長通知)。
カイロプラクティックがあん摩・マッサージ・指圧に含まれるか否かについて、厚生省医務局は宮城県の問い合わせに対し、「カイロプラクチック療法は、脊椎の調整を目的とする点において、あん摩、マッサージ又は指圧と区別され、したがって、あん摩、マッサージ又は指圧に含まれないものと解する」と回答した。

厚生省の通知
各都道府県衛生担当部(局)長あて厚生省健康政策局医事課長通知(平成3年6月28日 医事第58号)において以下のように指導され、また危険性も指摘されている。
禁忌対象疾患の認識
カイロプラクティック療法の対象とすることが適当でない疾患としては、一般には腫瘍性、出血性、感染性疾患、リュウマチ、筋萎縮性疾患、心疾患等とされているが、このほか徒手調整の手技によって症状を悪化しうる頻度の高い疾患、例えば、椎間板ヘルニア、後縦靭帯骨化症、変形性脊椎症、脊柱管狭窄症、骨粗しょう症、環軸椎亜脱臼、不安定脊椎、側彎症、二分脊椎症、脊椎すべり症などと明確な診断がなされているものについては、カイロプラクティック療法の対象とすることは適当ではないこと。

一部の危険な手技の禁止
カイロプラクティック療法の手技には様々なものがあり、中には危険な手技が含まれているが、とりわけ頚椎に対する急激な回転伸展操作を加えるスラスト法は、患者の身体に損傷を加える危険が大きいため、こうした危険の高い行為は禁止する必要があること。

適切な医療受療の遅延防止
長期間あるいは頻回のカイロプラクティック療法による施術によっても症状が増悪する場合はもとより、腰痛等の症状が軽減、消失しない場合には、滞在的に器質的疾患を有している可能性があるので、施術を中止して速やかに医療機関において精査を受けること。

誇大広告の規制
カイロプラクティック療法に関して行われている誇大広告、とりわけがんの治癒等医学的有効性をうたった広告については、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律第十二条の二第二項において準用する第七条第一項又は医療法(昭和二十三年法律第二百五号)第六十九条第一項に基づく規制の対象となるものであること。

その他の問題点
法制化されておらず誰もがカイロプラクターを名乗る事が出来る。3ヶ月程度の短期養成校や国際基準を謳う高額の養成校まで、様々な民間資格を得た未熟な施術者も増えている。過度の頚椎アジャストメントによる事故も報告されている。それにより、前述の通り厚生省はカイロプラクテック各団体に「医業類似行為に対する取り扱いについて」を通知し、その中に禁忌対象疾患の認識や一部の危険な手技の禁止を指摘した。これにより各団体(ただし全団体ではない)により自主規制が設けられる事になった。
カイロプラクティック業界には、施術者、被施術者を含め統一した資格制度と法制化が望まれている。WFCおよびWHOによればCCE(Council on Chiropractic Education カイロプラクティック教育評議会)等の第三者教育認定機関が定めた最低全日4年制4200時間以上の教育を正式なカイロプラクティック教育としている。
業団体の意思の統一が図られることが急務ではあるが、現状ではかなり難しいと思われる。現在でも、厚生労働省はカイロプラクティックの法制化には消極的で、資格化の可能性は低い。平成16年度 保健所行政の施策及び予算に関する要望書(全国保健所長会)においては、「整体術(カイロプラクテック)やエステティック等の施術類似行為に対し早急に法的規制、管理指導を引き続き強化されたい」との要望が出されている。
今現在、多くの学校は短期で卒業生を輩出している。数ヶ月のものから2年制パートタイム、さらには大学教育機関も存在し、カイロプラクターと言っても知識、実力とも差が出てくるのは否めない。法整備が未熟な為、教育機関が長いからといって技術、知識、倫理に優れた施術者とも限らない。現状の法解釈を再度述べるなら、あくまでも人体に害をなさないことが前提である。


2006年、WHOはカイロプラクティックに関するガイドライン「WHO guidelines on basic training and safety in chiropractic」を発行した。これによりWHOが定めるカイロプラクティックの国際基準というものはより明確になった。

(出典:ウィキペディア

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2007年5月22日火曜日

カイロプラクティックとは

カイロプラクティック

カイロプラクティック(Chiropractic)とは、1895年 にアメリカ、アイオワ州ダベンポートのD.D.(ダニエル・デビッド)・パーマーにより創始された療法。日本には1916年、パーマーの設立したパーマー・スクール・オブ・カイロプラクティック卒業の川口三郎が伝えたとされている。ギリシャ語のChiro「手」とPrakticos「技術」を組み合わせた造語で、「脊椎指圧療法」ではない。

概要
カイロプラクティックとは、自然の法則に基づく、哲学・科学・芸術であり、不調(疾病)の原因となる脊柱上の分節を、素手によってのみアジャストをするシステムとされる。
創始者DDパーマーは、カイロプラクティックの定義をこのように定めている。
それを説明を加えて別の表現で解説すると、脊椎などの椎骨がずれて神経が圧迫され、神経機能を阻害されることが様々な病気や症状の原因となるという理論に基づき、ナーボスコープに代表されるインストゥルメンテーション(計器測定)と呼ばれる体表温度測定器によってサブラクセーションの位置や時期を確認し、レントゲン写真にてサブラクセーションの方向や程度及びサブラクセーション退化の段階を精査し、その結果に基づき、必要な椎骨に、必要な時期に、必要な方向に、必要な深さと力で、素手による矯正(アジャストメント)によってのみ脊椎骨の配列を整え、かつ神経機能の妨害を取り除き、それにより、人間が本来持つ自然治癒力(カイロプラクティックではイネイト・インテリジェンスと呼ぶ)を100%働ける状態にすることで身体の機能を回復させようとする医療体系である、とも言える。
WHOにWFC(世界カイロプラクティック連合)がNGOとして加盟し、世界数十カ国(アメリカ、カナダ、オーストラリア、イギリス、ニュージーランド、香港、南アフリカなど)で法制化されている。
筋肉や骨といった、筋骨格系の機能と構造的な障害、そしてそれが及ぼす神経系の機能異常、ひいては健康全般への影響を診断、治療、予防しようとする専門職である。脊椎マニピュレーション(アジャストメント)と呼ばれる徒手治療を特徴とし、薬物、外科を使わない自然治癒力を重視したヘルスケアである。
脊椎の変位により起こるサブラクセーション(一つの椎骨が上下の関係において正常な位置より変位して、神経圧迫を起こし、脳からのメンタルインパルス(ライフ・フォース、神経エネルギー)の伝達を妨害している状態)をアジャストメントという手技で取り除き自らの自然治癒力を取り戻させる医療である。発祥の地アメリカ合衆国において実践する人間はカイロプラクティック医師(ドクター・オブ・カイロプラクティック:DC)と呼ばれる。尚、医師(MD)やオステオパス(DO)は共に医学(西洋医学)に分類されているが、カイロプラクター(DC)は補完代替医療に分類され医学(西洋医学)ではない。
アメリカでは一部の州で法制化されており、Doctor of Chiropractic(D.C)やLicensed Chiropractic Physicianの名称で医療資格として認可されている。また欧米諸国(主に英語圏)の一部は、カイロプラクティック専門家という資格を法制化している。日本ではあはき法による「あん摩、マツサージ、指圧、柔道整復」にも含まれておらず、その他の医業類似行為として分類されている。


(出典:ウィキペディア

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2007年5月21日月曜日

温熱療法とは

温熱療法

温熱療法(おんねつりょうほう)は、熱カロリー刺激で有益な生体反応を利用して、体力の向上、抵抗力の調整に役立てようとする医療行為である。

理論
温熱療法が効果である根拠として、次のようなことが考えられる。
経絡:気の流れ(経絡)には「ツボ」があり、そのツボから気が出入りすると考えられる。ところが、そのツボを中心に気の流れが滞り病気になる。熱刺激によって、気の流れをスムーズにするのが治療目的である。
リンパ系:脈管系には動脈・静脈・リンパ管が存在し、身体の中に流れる液体成分は全てこれらの脈管系を流れる。動脈を上水道、静脈を下水道に見立てれば、リンパ管は下水道の手前の「排水溝」に例えることができる。この排水溝を熱刺激できれいにするのが目的である。
血管系:熱刺激によって、動脈も静脈も拡張する。拡張すれば血流が増加し、循環が良くなる。循環の悪い状態を瘀血(おけつ)状態と呼ぶが、血管拡張作用によって、この瘀血が改善される。
炎症理論:炎症は、生体内・生体外からのあらゆる刺激に対する生体反応である。その反応の主体は免疫システムの発動である。温熱刺激が免疫システムのスイッチを入れると考える。
がんの治療:がん細胞は、血流が少なく熱に弱いことを利用したものである。

分類
熱源のエネルギーの種類によって次のように分けることが出来る。
燃焼
赤外線(近・遠)
可視光線
レーザー光線(単一波長光)
マイクロ波
蒸気
装置の種類によって次のように分けることが出来る。
温灸
ライト照射
風呂
箱・個室
数人が入れる部屋
ハイパーサーミア(健康保険の適用あり)

(出典:ウィキペディア


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2007年5月20日日曜日

音楽療法の歴史

音楽療法の歴史

創成期
宗教(原始宗教、自然崇拝など)の誕生と同時に音楽は生まれ、儀式や呪術に用いられた。これにより人びとの精神を鼓舞したり一種のトランス状態(憑依障害)を引き起こしたりする。
ユダヤ、キリスト教の賛歌などにおいても音楽は用いられ、これも信仰を深め、スピリチュアルな豊かさを感じさせ現在にも引き継がれている。
治療効果も古くから知られ、ダビデはサウルのうつ病を竪琴で治したとされる(旧約聖書『サムエル記』上16.14–23)。

発展期
第二次世界大戦により大量の傷病兵を出した米国は野戦病院において音楽を流し、ないし演奏してみたところ兵士の治癒が早まった。その後米国を中心として音楽による治療効果が立証される(1830年ディーサンズ (Diserens) ら)。

現在
各地で高齢者ケア、引きこもり児童のケアなどの現場で活発に活動が展開されており、岐阜県音楽療法研究所を嚆矢として自治体、大学でそのための研修、研究機関を設けるところも出てきた。公的機関の認定として奈良市・岐阜県・兵庫県が独自の市及び県認定音楽療法士という資格を出している。現在の主流は日本音楽療法学会認定の音楽療法士(MT、Music Therapist)という資格である。

対象
老人、発達障害者、メンタルヘルス、肉体的障害者、不登校児、学童、幼年期、薬物乱用者、神経障害者、他。

(出典:ウィキペディア


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2007年5月19日土曜日

オステオパシーの医療・医業等との関連

医療・医業等との関連

アメリカではオステオパシー医はDoctor of Osteopathy(D.O.)の学位・称号を有し、西洋医学医師(M.D.)と同様に正規の医師である。
D.O.はすべての州で「医師免許」を認可されており、西洋医学医師(M.D.)と全く同等に「診断・外科手術・処方・投薬」等の全ての「医行為」が認められている。
オステオパシー医学を学ぶ医学校も、西洋医学医師(M.D.)を輩出する医学校と同様に、大学院レベルに設置されており、通常は4年制である。しかしながら現在では専門の手技療法を医学教育の最終段階で多少学ぶ程度の様である。
また、D.O.は臨床研修(レジデンシー)を経た後は、類似する分野である整形外科医のみならず、救急救命医・一般内科医等の専門を選ぶ事もできる。
アメリカ軍の軍医の中にはD.O.の医師も多数存在している。
因みに、カイロプラクターは、アメリカではDoctor of Cairopractic(D.C)などと称されるが、認可していない州もあり、また、D.C、D.Oと違い医学博士ではない。
日本ではカイロプラクティックと同様に法制化されていない。
スティルに学んだリトルジョンが広めたイギリスでは、オステオパシーの専門家は4年制のカレッジを卒業することが必要で療法士(セラピスト)として開業できる。
他の国を見てもほぼ同様であるが、多くの国では、全米オステオパシー協会の認定基準に従った一定以上の技術と医学知識を有するものを認定するものとしてMRO( Member of the Register of Osteopaths)という資格がある(前述のイギリスでは法に基づいた独自の資格がある)。
我が国では、日本オステオパシー学会、全日本オステオパシー協会、関西オステオパシー協会が加盟する日本オステオパシー連合(JOF)が、民間資格であるが世界共通の技術、知識を有することを認めるものとして試験を行い、合格したものをMRO(J)(JはJapanの略)として認定している。


(出典:ウィキペディア


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2007年5月18日金曜日

オステオパシーの基礎理論

基礎理論

オステオパシーでは、次のような基本的理論のもとに治療を行う。
1,身体はひとつのユニットであり、身体の諸器官や組織は互いに関連して機能している。
2,身体の機能と構造と機能は相互に関係する。
3,身体は自己治癒力を備えている。
4,自己治癒力を上回る何らかの外力や内的変化が生じた時に病気が発生する。
5,そのような機能障害(オステオパシーでは体性機能障害という)を、筋、関節、神経、血液(動脈・静脈)、リンパ、脳脊髄液、諸内臓などを総合的に観察した上で見つけ、矯正することにより、健康に導く。
従って、本来は整骨という意味であるが、現在では骨や関節のみならず、身体全体の器官や組織全てを治療対象としているため、オステオパシーを整骨療法、整骨医学と翻訳するのは適切とは言えない。
また、治療法は、大きくわけて次の2つに分類される。
1,直接法
ある部位の機能障害を起こした時、その動きには一定の制限(バリア)が生じる。すなわち生理学的な限界点が異常に変化し、センターポイント(中心点)から近い状態になる。直接法はそのような病的限界の先に力学的動作を加えることにより、生理学的限界を正常に近づけようとするものである。
2,間接法
直接法とは逆に、より生理学的限界のセンターポイントより遠い方、すなわち、その部位が動きやすい方向に力を加え、誇張する。生理学的な限界が遠い方向は、オステオパシーでは機能障害という。例えば、骨が右に異常弯曲している状態では、骨は右に動きやすいが、左には動きにくい。動きやすい方は病的な方向であるので、右側機能障害という。間接法はその機能障害の方向にあえて動作を加えることにより、脳に異常な様態を認識させ、正常に戻す治癒力を発揮させて治そうとするものである。
各々の方法にはさまざまな手法があり、両者を兼ね備えたものもある。何れにせよ治療を行うのには、詳細な解剖学的知識、生理学的知識が必要であり、またその知識を触診をもって正確に判断し、その結果をもとに適切な治療を加える繊細な技量が必要である。従って当然、短い時間での習得は困難であり、少なくとも数千時間以上に及ぶ医学的教育と技術の習得、研鑽を持たないと、正しいオステオパシーにおける治療を行うことは困難であるのは言うまでもない。
そのためか日本においては、乏しい知識と貧弱な技術、時には誤ったり誤解に基づいた理論に従いつつもオステオパシーと標榜したり、或いは短期で習得できるようなことを宣伝するような学校も少なくない。しかし、それでは決してオステオパシーにおける治療を行うことはできない。


(出典:ウィキペディア


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2007年5月17日木曜日

オステオパシーとは

オステオパシー

オステオパシー(Osteopathy)とは1874年にアメリカミズーリ州の医師アンドリュー・テーラー・スティル(Andrew Taylor Still)によって創始された。我が国ではカイロプラクティック、スポンディロセラピーと共にアメリカ三大整体術と呼ばれている。しかし、スポンディロセラピーはすでに失われた手法であり、詳細は明らかではない。 また、オステオパシーとは、療法を指す用語ではなく、たとえば、東洋医学の
中に鍼療法があるように、オステオパシー医学という医療哲学のひとつの体系のことである。従って、その意味では、オステオパシー「療法」というのは正しくない。
オステオパシーはギリシア語のOsteon(骨)とPathos(病理、治療)の2つを語源とし、日本では整骨療法と呼ばれていたこともあるが、骨のみを調整する手技とは異なり、骨格などの運動器系、動脈・静脈やリンパなどの循環器系、脳脊髄液の循環を含む脳神経系など、解剖学的あるいは生理学的な広範囲の医学知識の元に、手を使って治療を加える。現在ではオステオパシーとそのままで呼ぶ。 しかし、単なる療法ではなく、オステオパシーとは、そのままでひとつの哲学であり、1、身体全体をひとつのユニットとして考える、2,身体の機能と構造は一体のものであると考える、3、自然治癒力を鼓舞することを主眼とするなど、独特の医学体系を持つ。

歴史

スティルは南北戦争の従軍医師であったが、二人の息子と養子を次々と髄膜炎によって亡くし、自分の無力さに嘆き、それから研究を重ね10年後の1874年にオステオパシーを創始した。
元々、スティルは人体の自然治癒力を阻害している原因は骨にあるとしていたが、後に筋肉やリンパ、内臓、神経、血管等の異常を治せば自然治癒力が高まると提唱した。
当初は西洋医学からは受け入れられなかったが、多くの人に支持され、1892年にアメリカン・スクール・オブ・オステオパシーがミズーリ州に設立され、1910年に医学認可を受ける。
日本にオステオパシーが入ってきた時期は特定できないが、明治から大正にかけて伝わったとされている。日本ではオステオパシーそのものの形ではなく種々あって一つの理論がないといえる整体の一分野に形を変えて行われてきたが、戦後オステオパシー医が来日するようになり、オステオパシーが独自の手技療法として広まるようになった。


(出典:ウィキペディア


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2007年5月16日水曜日

按摩とマッサージの違いは?

按摩とマッサージの違いについて

あん摩マッサージ指圧理論の教科書には、按摩とマッサージの違いに付いて、按摩は遠心的(心臓に近い方から遠い方に向けて)治療し、マッサージは求心的に行うと書かれている。そのほかには、按摩が衣服の上から(首筋や手足の先などの露出部分は、わざわざ日本手ぬぐいを架けて行うこともある)行うのに対し、マッサージは滑りをよくするため、タルク(汗知らず)やマッサージオイルをつけることはあるが、原則として膚に直接行う。また、按摩は経絡理論に従うが、マッサージは西洋医学の解剖学をよりどころとする、按摩は「もみりょうじ」とも呼ばれるように、もむ手技が多いが、マッサージは軽擦法などこする手技が多いなどと言われる。しかし例外はいくらもあり、本来起源の違う両者を比較するのがおかしいのだが、後述するように、「あんま」の呼称が視覚障害者に嫌われ、実際は按摩をしていても「マッサージ」の看板を出している人が多いため、こうしたことが言われるようになったものである。


視覚障害者とあんまさん
戦中までの文学作品には、杖・黒めがね・あんま笛の三点セットを身につけて街を流して歩く盲人のあんまさんの姿がよく見られる。最近のものでは、文藝春秋のエンターテインメント系文芸誌オール讀物2007年1月号に掲載された佐藤愛子の「離れの人」という短編小説に、「口に入るもんならあんまの笛でもええ」という表現がある。
盲人でも、琵琶や箏の演奏家や、鍼医は非常に身分が高く、こうした人をめくら呼ばわりすると、呼んだ人の知性が疑われるほどだったが、按摩は法律ができ免許制度になっても、交付基準がかなり甘く、視覚障害者のあんま師の中には、不潔だったり、言葉遣いが乱暴または痴漢行為と受け取られかねない行為をするような、就業態度に問題のある人がしばしばおり、あんまというと、「めくら」の代わりに盲人を指すことばとして使われることがあった。そのため、実際には自宅などで、「按摩」をしていても、看板や広告には、マッサージと表記する人が大半である。


(出典:ウィキペディア

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2007年5月15日火曜日

叩打法,圧迫法,振せん法,運動法,曲手

叩打法

身体の表面を術者の手指ですばやく打ち、叩く方法である。力が深部に達するような叩き方は避け、関節を滑らかに動かして弾力をつけて左右の手で交互に叩くことが重要である。作用としては断続刺激がリズミカルに作用するので筋、神経の興奮性を高め、血行をよくし、機能を亢進させる。

手拳打法
軽く握った拳で叩く手技。

切打法
開いた手の小指側の縁で叩く手技。多くの場合、両手を交互に動かしてほぼ同一の部位に行う。

指頭叩打法
四指の指頭で叩く手技。頭部などに用いる。

合掌打法
両手掌を合わせ、その小指側の縁で叩く手技。肩上部などで用いる。

含気打法
左右の手掌を交差してあわせ、中に空気を蓄えるようにして一方の手背で叩く手技。古名は袋手の術。肩上部などで用いる。

圧迫法
圧がある頂点に達したらそれを減圧する方法である。圧を漸増、漸減に施す。漸増、漸減であるから急激に力を加えてはならない。作用としては機能の抑制である。神経痛などの痛みを鎮め、痙攣を押さえるなどの効果がある。

母指圧迫法
母指揉捏法と共に按摩の代表手技。母指にて徐々に圧を加え抜く手技。あらゆるところで使用する。

振せん法
施術部へ術手を密着させ術手を固定し、肘関節を少し屈曲し、前腕伸筋屈筋、上腕伸筋屈筋を同時に収縮させアイソメトリックを起こし振動させ、その振動を患部へ伝える。作用としては細かい断続的刺激により神経、筋の興奮性を高め、また快い感覚を覚えさせる。本来は按摩の手技ではなく、マッサージの手技と思われる。

牽引振せん法
患者の上肢や下肢を引っ張りながら振るわせる手技。

運動法
患者の関節を十分弛緩させて術者がこれを動かす方法である。各関節の運動方向及び生理的可動域に注意する。作用としては関節内の血行を良くし、関節滑液の分泌を促し、関節運動を円滑にして関節の拘縮などを予防する。

曲手
中国の推拿の手法に類似しているので、その影響もあると見られる。江戸時代の鍼医杉山和一検校が普及させたものとする人もいるが、文献的にも根拠はない。曲手(きょくで)の曲は、曲芸の曲と同じで、按摩が医療行為と言うより、疲労回復や、その気持ちよさを愉しむ慰安の目的で利用されていたことから、術者の熟練度を愉しむパフォーマンスとしての意味が強い。、文献的には按腹鍼術按摩手引に記載されているのみである。

車手(二指の曲)
四指を軽く丸めて体表の上を関節ごとに当て転がす手技。

挫手
指頭を当てて第一関節を屈曲、過伸展を反復するように動かす手技。四指挫き、母指挫きがある。

横手(鳴骨の術)
開いた手の小指側の縁を体表に当てて手根を素早く前後に動かし筋肉の走行に滑らすように動かす手技である。この時、関節がコツコツと鳴るようにするために鳴骨の術とも呼ばれる。


(出典:ウィキペディア

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2007年5月14日月曜日

軽擦法(按撫法)と揉捏法(揉撚法)

推拿
明代以後、医療行為としての按摩は推拿(すいな)と呼称されるようになった。これは日本では中国整体と呼称されるものであり、現在の中国政府も公式な中医学の医療用語としてこの呼称を採用している。だが、実際の中国においては技法面では一般の按摩と全く同一である。但し、日本の按摩と中国の推拿は全く技法が違う。
「推」には手を一方向へ押し進めるという意味があり、「拿」にはその押し進めた手で掴みあげるという意味がある。中医学では、その理論に基づいて経絡や筋肉・関節などに様々な手技(後述の按摩の基本手技と同一のものも多い)を用いて疾病の予防・治療を行っており、鍼灸と並んで「推拿科」として治療をしている病院も多い。

按摩の基本手技
按摩の基本手技は以下の7つに分類される。また、以下に基本手技の代表的手技を記載する。

軽擦法(按撫法)
術手を患部に密着させ、同一圧で同一速度で同一方向に遠心性で「なで」「さする」手技。作用としては弱い軽擦法は知覚神経の刺激による反射作用を起こし、爽快な感覚を起こさせる。強い軽擦法の場合は循環系の流通を良くし新陳代謝を盛んにし、また鎮静効果を期待する。 軽擦という用語は新しく、明治初期の文献ではまだ確定されておらず、按撫、摩擦などという用語が使われている。元々はマッサージ手技のひとつである強擦に対比するマッサージ用語で、按摩のことばではない。従って、強擦という手技を持たない按摩で使うべきかどうかは疑問だ。

手掌軽擦法
手掌全体で軽擦する手技で、大部分はこの軽擦法を使用する。

揉捏法(揉撚法)
術手を患部へ密着させ、垂直に圧をかけ、その圧を抜かずに筋組織を動かす手技。作用としては主として筋肉に作用を及ぼし、組織の新陳代謝を盛んにする。また腹部におこなう時は、胃腸の蠕動機能を高め、便通をよくする。

把握揉捏法
四指と母指により筋肉を強く握って筋肉の走行に従って絞り揉む手技。

母指揉捏法
按摩の代表とされる手技で、施術部に母指腹を以って加圧し、その加圧した状態で筋線維に対して垂直方向に揉捏する方法。このとき、母指のみに力を加え、四指には力を入れてはならない。その他、輪状に行う方法もある。

手根揉捏法
手根部または母指球をあてて輪状に揉む手技。肩甲骨棘下部など硬い部位に用いる。
ろとう揉捏
両手掌を重ねて、あたかも「舟の櫓」を漕ぐような動きで、主に腹部に施術する。


(出典:ウィキペディア

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2007年5月13日日曜日

按摩(あんま)って・・・

按摩とは
按摩(あんま)とは、なでる、押す、揉む、叩くなどの手技を用い、生体の持つ恒常性維持機能を反応させて健康を増進させる手技療法である。按摩の按とは「押さえる」という意味であり、摩とは「なでる」という意味である。
また、江戸時代から、按摩の施術を職業とする人のことを「按摩」または「あんまさん」と呼ぶが、視覚障害者の間では、これを盲人に対する蔑称と受け取る向きもあり、あまり使わない方がよいことばになっている

関連法規
日本では、あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律(昭和22年12月20日公布)において、あん摩マッサージ指圧師免許もしくは医師免許(共に国家資格)がなければ按摩を業として行うことはできない。現在、民間療法において「なでる・押す・揉む・叩く」あらゆる行為は、「あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律」に違反する行為で、50万円以下の罰金刑である。また、資格要件に罰金刑以上(死刑・無期懲役・有期懲役・禁固を含む)の刑罰を受けた者は取得資格がほぼ与えられないので、未成年時の素行には注意が必要である。

按摩にまつわる誤解の例
按摩の按は瀉法を意味し摩は補法を意味すると按摩手引には記載されており、経絡に沿って「虚」「実」を判断し、按と摩を使い分けて、身体の気血を循環させる事により自然治癒力を高め、健康を維持・促進させる事を基本的な考え方をしている。しかし、按摩手引を詳細に読むと、経脈についての誤った記述があること、あるいは、この書自体が一般向けに書かれたもので専門家向けではないことを考えると、按と摩を瀉法と補法に分けるのは、東洋医学的に根拠が希薄と考えられる。
教科書的には、上から下に施術していくとあるが、これは着物を常用していた時代に、はだけるのを防ぐためにそうしていただけであって、臨床的な意味は全くないものと思われる。

按摩の歴史
先史時代に人々の生活において、自然環境の中で生きていく上で様々な理由によって負傷して瘀痛(疼痛)や腫痛に苦しむ事も少なくなかったと考えられる。そんなときに、人々は自分あるいは仲間の患部を手で撫でたり擦ったりすることによって、外傷による瘀痛を散らして腫れをひかせて痛みを和らげる効果があることを発見した。当時においてはこれも有効的な外科治療の一環であり、これが按摩術のルーツであると考えられる。
世界最古の医学書である黄帝内経には、いくつかの部位に按摩の文字が書かれているが、具体的な手法については記載がない。『導引按蹻は中央より出ず』とあり、この導引按蹻が按摩とする人がいるが誤りである。他にも『導引とは筋骨を揺がし支節を動かすを謂う。按は皮肉を抑え按ずるを謂う。蹻とは手足を捷挙するを謂う』ともあるように、これは現在でいう気功のことであり、按摩そのものを指す記述ではないと思われる。
中国においては隋の時代には按摩は独立した専門科として扱われるようになった。当時の医師達は按摩を「外邪の滞留を体内から除き、負傷によって体内に侵入する事を防ぐ」方法として内科・外科・小児科を問わずに行われた。朝廷内でも按摩博士、按摩師、按摩生が設置された。北宋以後においては、按摩の理論的な発展が見られ、『宋史』芸文志によれば按摩の専門書が書かれたとする記事がある(但し、現存せず)。明以後には医学における按摩行為を特に「推拿(すいな)」とも称されるようになった。
日本には養老令において、唐王朝をまねて典薬寮に、按摩博士、按摩師、按摩生をおいたとされる。この養老令は大宝令と全く同様のものとされるため、少なくともその時代には按摩が存在したと思われる。しかし、その当時の按摩と現在のものが、どのような類似性があるのかは不明である。ただ、同時代の文献によると、当時の按摩には現在でいう包帯法も含まれていたと考えられる。
江戸時代になると、宮脇仲策『導引口訣鈔』や寛政11年(1799年)藤林良伯『按摩手引』、文政10年(1827年)太田晋斎『按腹図解』などにより、按摩は体系付けられた。特に『按腹図解』の中の『家伝導引三術』では『家法導引の術に三術あり』として「解釈、利関、調摩」というそれぞれ「揉捏法、運動法、軽擦法」の基礎になっている術が記載されている。

(出典:ウィキペディア

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2007年5月12日土曜日

アロマセラピーとは・・・

アロマセラピー
アロマセラピーもしくはアロマテラピー(Aromatherapy)は、花や木など植物に由来する芳香成分(精油)を用いて、心身の健康や美容を増進する技術もしくは行為のこと。お香やフレグランス・キャンドルも含め、生活に自然の香りを取り入れてストレスを解消したり心身をリラックスさせることも、広義にアロマセラピーと呼ばれる。

語源
アロマテラピーという言葉は、20世紀に入ってからフランスの科学者ルネ・モーリス・ガットフォセによって作られた造語で、アロマは芳香、テラピーは療法を意味するフランス語である。これを英語で発音するとアロマセラピーとなる。

歴史
芳香植物の利用は古代にさかのぼるが、精油の製法が確立したのは中世であり、アロマテラピーそのものが提唱されたのは20世紀に入ってからである。また日本への紹介は1980年代以降である。

芳香植物の利用
人類は洋の東西を問わず、植物の芳香を祭祀・儀礼・治療・美容に用いてきた。エジプトでミイラ作りに植物の香料が用いられていたのは有名な例である。芳香植物の利用は世界の各地域で独自に発展し、近代医学が発達する以前の人間の健康を担ってきた。今でもそれらは、伝統医学や民間療法として受け継がれている。
中世ヨーロッパでは、芳香植物の栽培と利用はもっぱら修道院の仕事であり、植物成分を水や植物油・アルコールに浸出して用いた。一方、イスラム圏ではアラビア医学が発達し、イブン・シーナー(980?-1037?)は蒸留による精油の製法を確立した。アラビア医学は十字軍の遠征などを契機に徐々に西欧にも伝わっていった。
ルネサンス時代には香水が大流行し、精油の生産量が増大した。19世紀にはいると合成香料が出現し、また植物から有効成分だけを抽出して薬剤として用いるようになった。

(出典:ウィキペディア

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2007年5月11日金曜日

アレクサンダー・テクニークって?

アレクサンダー・テクニークとは・・・
アレクサンダー・テクニーク(英語、Alexander Technique)とは、心身の不必要な緊張に気づき、それをやめていくことを学習する方法。頭-首-背中の関係にフォーカスすることで行っていく。

概要
アレクサンダー・テクニークを発見し方法論化していったのはフレデリック・マサイアス・アレクサンダー(Frederick Matthias Alexander, 1869年 - 1955年)。アレクサンダーはオーストラリアで若い俳優として有望なスタートをしたが、舞台上で声が出なくなる不調におそわれるようになった。医者も治療のしようがなく、彼は原因をつきとめるべく三面鏡のまえで自分の発話の瞬間を観察していった。
そこで彼が発見したことは、簡単に言えばはりきりすぎて失敗したということだった。「やるぞー」と思った瞬間に首の後ろを縮めていたのである。そのため頭が重たくのしかかり、声帯を圧迫していた事に気付いた。それと反対に、首が楽で、頭部を軽く脊椎の上でバランスをとっていれば声が楽にでることにも気付いた。
アレクサンダーは、首の緊張がなければ人間に生来そなわっている初源的調整作用(primary control)が活性化され、自分の全力が発揮されるとした。アレクサンダー・テクニークにおいては、これは随意筋を動かしてできることではなく、深層の繊細な筋肉に働きかけるために、始めは教師の手を借りながら思うことと動きをシンクロさせる経験が必要とされている。
アレクサンダーは自力で問題を解決し、その方法を他人にも教えはじめた。その過程において、発声だけでなく他の心身活動に役立つことに気付いていった。
1904年以降、ロンドンにおいて演技のための身体調整方法として教えていき、やがて知識人など俳優以外も教えていった。レッスンを受けた者のなかにはジョン・デューイ、劇作家のバーナード・ショー、オルダス・ハクスリーなどの名前もある。また、アレクサンダー・テクニークの教師も養成していった。現在では世界中で2~3千人のアレクサンダー教師たちがテクニークを教えている。
1973年に動物行動学者のニコ・ティンバーゲンが、ノーベル賞の受賞記念講演で言及したのも話題になった(『ノーベル賞講演生理学・医学13巻』講談社 参照)。

(出典:ウィキペディア


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2007年5月10日木曜日

アーユルヴェーダについて

アーユルヴェーダとは
アーユルヴェーダ(・・・・ aayurveda)はインドの伝統的な学問で、その名はサンスクリット語の「アーユス(・・・・ aayus 生気、生命)」と「ヴェーダ(・・・ veda 知識)」の複合語である。現代でいう医学のみならず、生活の知恵、生命科学、哲学の概念も含んでいる。約五千年の歴史があり、チベット医学や古代ギリシア、ペルシアの医学等にも影響を与えたといわれ ており、インドの占星術とアーユルヴェーダも深い関わりがあるとされている。「ヴァイシェーシカ」や「サーンキャ」を基礎においている。(→ヴァイシェーシカ学派、サーンキヤ学派)。

健康の基本的な考え方
心、体、行動や環境(西洋医学の父といわれるヒポクラテスも重視した)も含めた全体としての調和が健康にとって重要と見る。
アーユルヴェーダでは病気になってしまってからそれを治すことより、病気になりにくい心身を作ること、病気を予防し、健康を維持するという「予防医学」の考え方に立っている。
より具体的には、ドーシャのバランスが取れている事、各ダートゥがきちんと消化されている事、不快な状態が無い事などが健康の条件となる。

トリ・ドーシャ
トリドーシャ ・・・・・(3つのドーシャ・・・)説は、鉱物、植物、動物、人間および環境世界はヴァータ ・・・ ・ピッタ ・・・・ ・カパ(カファ)・・ という3要素を持っているとする説。人間は個人により3要素の強さの違いがあり、性格や体質の違いとして現れるという。また、それに合わせた食生活、病気の治療法があるという。 各ドーシャにおいて、ヴァータは「空・風」、ピッタは「火」、カパ(カファ)は「水・地」、を表している。
 ドーシャは一日のなかでカパ、ピッタ、ヴァータの順で変化のサイクルがあり、一年のなかでもサイクルがあり、人の一生の中でも変化する。また、食べ物や行動などでも変化する。

サプタ・ダートゥ
サプタは7つ、ダートゥは肉体の「構成要素」の意。
ラサ(血漿)
ラクタ(乳糜、にゅうび)
マーンサ(筋肉)
メーダ(脂肪)
アスティ(骨)
マッジャー(骨髄)
シュックラ(生殖組織)
食べ物は以上の順で代謝されていくという。 そして最終的に
オージャス(活気)
となり生き生きとした健康な状況を生み出すとする。 このダートゥを変換する為にアグニ(消化の火)が働く。 アグニが正常に働かない事によってアーマ(未消化物)が生成される。 またマラ(老廃物)の生成と排泄に異変が起きる。

(出典:ウィキペディア

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2007年5月9日水曜日

日本以外の評価

日本以外における評価

イギリス、ドイツ、フランスにおいては健康保険の適用が認められており、ドイツ、インドでは大学の医学部のカリキュラムに組み入れられ、国家の認定を受けていない者の処方は違法とされている。またアメリカの国立衛生研究所(NIH)の一部門である国立補完代替医療センター(NCCAM)においても、その有効性について、有効性の有無を含め、研究がなされている。イギリスでは一部の大学でホメオパシーを専門に扱う課程が存在し、卒業生には理学士号が授与されているが、これはホメオパシーに不当な科学的信用性を与えるとして、懸念する科学者もいる。
インドでは今も活発な伝統医学であるアーユルヴェーダの長い伝統があるためか、一般によく受け入れられており、ホメオパシーの医師が多い。また、ホメオパシーの技術が進んだ国と考えられており、アーユルヴェーダと同様に国家資格で治療している。治療効果は高いとされ、副作用が少ないため好む人も多い。アーユルヴェーダが病気治療よりも健康維持、健康増進を主な働きかけとするように、ホメオパシーもまた同様の目的で利用する人が多い。
このように、ホメオパシーは海外において、日本よりもはるかに受け入れられている一方で、米メリーランド大学教授のロバート・L・パーク[3]等、その有効性について真っ向から反論するものも科学界には少なくない。また、ホメオパシー研究者として有名なジャック・ベンベニストには2度もイグノーベル賞が贈られている。

(出典:ウィキペディア

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2007年5月8日火曜日

疑問点

レメディ (療剤)
ホメオパシーに用いるレメディ (療剤) は、地上におけるさまざまな物質から成分を取り出して、10倍ないし100倍の希釈を行い、それを震盪(よく振ること)する。この希釈・震盪を6回から1万回繰り返して、最後にこれを小さな砂糖粒に染み込ませて作成する。たとえば10倍希釈・震盪を9回繰り返して作ったレメディは9X(Xは10倍希釈を意味する)、100倍希釈・震盪を30回繰り返したレメディは30C(Cは100倍希釈を意味する)と呼ばれる。もっともよく使われるのは30Cであり、ほかに200C、1,000C(1Mと呼ぶ)、10,000C(10M)、6Xなどが用いられる。

希釈のため、原成分はレメディーの中には極めてわずかしか含まれない。特に高度に希釈した場合には、当然に、計算上、一粒のレメディに原成分が1分子たりとも含まれないこととなる。しかし、より希釈・震盪したものの方が、より効果が高く、また人間の精神面などより中心的な部分に作用すると考えられている。これは、希釈・震盪によって、希釈液が原液の治癒エネルギーに出会うことにより、希釈液のエネルギーに変化が生じて治癒エネルギーを持つようになるため、というように説明される。従って、レメディの中に原成分が含まれる必要はないのだという。

原料となる物質は、鉱物、植物、動物などであるが、特に初期に開発された物には、伝統的な薬草も多い。


科学的疑問点
ホメオパシーの問題点はその有効性が科学的(統計的)に立証されていないことである。

ホメオパシーが拠り所とする「少量の毒によって健康を増進する」という考え方は、アレルギー治療における減感作療法と類似したものと捉えられることもあるが、そもそも与えている物質がアレルゲンのように症状の原因ではないという点で減感作療法とは異なっている。

また、減感作療法についてはそれが有効であるということが科学的にも立証されており、またその効果は免疫に寛容を誘導することにより発揮されているというメカニズムも解明されている。しかし、ホメオパシーの理論ではさらに低濃度の物質を用いるため、この点においても減感作療法とは異なる。

過度の希釈に関しては、たとえば、最も広く利用される30Cの希釈(10030倍希釈、すなわち1060倍希釈)を行った場合、1分子の原成分を含むためには1060分子の水、実に約30,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000リットル(約3x1034リットル)の水(300億リットルの1兆倍の1兆倍;地球に換算すると約300億個分の容積となる)が必要となるが、実際に摂取する砂糖粒は小指の爪以下の小さな塊であり、もはや原成分はまったく存在していないはずである。これが、薬理学の常識とはかけ離れているとされるゆえんである。

また、希釈・震盪によって、原液が希釈液に「治癒エネルギー」を与えるとする説明に関しても、その治療エネルギーが具体的に何なのかが示されていない。「水分子の構造に記憶を残す」と説明する者もいるが、液体状の水分子は流動的で熱運動によって常に情報が失われる方向へと構造が変化しており、たとえ一時的に水分子が造る構造に情報が記憶されたとしても、次の瞬間(ピコ秒オーダー)にはその情報は失われていると物理的には解される。

これまでにホメオパシーの有効性を立証したと主張する論文が何度か発表され、そのたびに議論になったが、いずれも対照群の設定や母集団の数、主観の入りにくい調査の実施などが不十分とされ信頼性が低いとされてきた。医学専門誌Lancetの2005年8月号に、ホメオパシーに関する臨床検討の論文110報をメタ解析した調査が報告され、これにおいてもホメオパシーの効果はプラセボと同等であると結論されている。

このことを問題とする立場の者は、ホメオパシーが疑似科学であるとし、プラセボ以上の治癒効果の可能性が有る「代替医療」ではなく、そもそも全く治療効果のない「偽医療」であると主張している。

ホメオパスからは、動物や乳幼児にも有効であること、1人の患者に対して特定のレメディしか有効でないことから、プラセボではありえないという反論が出ているが、客観的事実や科学的な根拠・証拠は示されていない。

(出典:ウィキペディア

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2007年5月7日月曜日

ホメオパシーの歴史

概要
2006年現在、ホメオパシーが有効であるという根拠を科学的に示すことは成功されておらず、実際の治療効果について多くの科学者・医者が疑問視している。このように、非科学性を問題とする立場からは、疑似科学と考えられ偽医療の一つに過ぎないとして扱われることも多い。一方で欧米では、多くの療法家が手掛けているもっとも広く普及した代替療法の一つである。なお、同種療法と代替療法は似ている言葉だが、意味はまったく異なる。ホメオパシーは、日本においては医療として認められていないため、代替療法と呼ばれるのである。大別してクラシカルとプラクティカルの2派があり、前者は理論を重視しその時々の症状よりも患者個人の性質に重きを置くのに対し、後者は臨床を重視しその時々の症状に注目する。

歴史
ドイツ人医師ザームエル・(クリスティアン・フリードリヒ)・ハーネマン(Samuel Christian Friedrich Hahnemann, 1755年 - 1843年)によって始められた。ハーネマンの主著『オルガノン』(1810年刊)によると、同様なものは同様なものを治すという類似の法則があり、ある物質を健康な人に投与した時に起こる症状を治す薬としてその物質が有効であると主張。その物質が限りなく薄く希釈される(ハーネマンの表現を借りれば「物質的でなくなる」)ほど、霊的な治癒能力を得ることが出来ると考えた。
ハーネマンの死後、ホメオパシーの流れは分裂した。「低効能派」は希釈度合を濃くして患者に投薬し薬効を期待する一方で、「原理派」は気の概念を援用してあくまでハーネマンの主張通りの薬効を主張している。

理論
ホメオパシーでは、一般的に小さな砂糖粒に物質を溶かしたさまざまなレメディ(主なレメディの一覧:英語)と呼ばれるものを服用する。レメディの種類は2000種とももっと多いとも言われる。その中で、応用範囲が広く、常用されるのは40種くらいである。レメディをすでに現れている症状の治療目的に使われることもあるが、本格的な治療に当たっては、症状の治療よりも、その病気を起こさせた根本の原因を治療しようとする。このために、ホメオパスと呼ばれるホメオパシー治療を専門に行う者の処方によりレメディを服用する。
レメディは、基本的に体にとっての毒物を非常に少量含む。この毒物に対する体の抵抗を意図的に起こすことにより、自己治癒力を含む生命力を高め、肉体的、心理的、精神的な方向が本来あるべき方向へ修正されると言われる。これを「微量の法則」と呼ぶ。しかし、錠剤中、または水溶液中に、1分子たりとも有効成分であるとされる毒物が含まれないほど希釈されていることが多々あり、この点がホメオパシーが疑似科学または偽科学であるとする論のひとつの根拠となっている。この科学的疑問点については、後に詳述する。
ホメオパスは人が健康なら体も健康という基本的な考えの元に働きかけ、心理的、感情的、精神的なゆがみを補正するようにレメディを処方する。このため、ホメオパスとのセッション(面会)では、十分な時間(1時間程度の事が多い)をかけ、患者の心理的、精神的な状態や、成長の過程、とくに過去の大きな問題についてのインタビューが持たれる。そうして基本的な人のタイプを見て、現在の問題を判断しレメディが処方される。

(出典:ウィキペディア

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