花粉症・アトピーも緩和する?!ホメオパシー事典

2007年8月31日金曜日

陰陽表

陰陽表
            陰・ 陽
基本的特性 ・・・・遠心力 ・求心力
傾向        膨張・ 収縮
機能        拡散、分散、分解、分離・ 融合、同化、集合、編成
動き        不活発、緩慢・ 活発、敏速
振動        短波、高周波・長波、低周波
方向        上昇、垂直・ 下降、水平
位置        外部、周辺・ 内部、中心
重量        軽い・ 重い
光度        暗い(暗光、月光)・ 明るい(明光、日光)
湿度        湿潤・ 乾燥
密度        希薄・ 緻密
外形        大きい・ 小さい
形状        膨張性、もろい ・収縮性、丈夫
形          長い・ 短い
感触        柔らかい・ 硬い
素粒子      電子・ 陽子
元素       窒素、酸素、燐、カルシウムなど・ 水素、炭素、ナトリウム砒素、マグネシウムなど
環境       波動 ― 空気 ― ・  ― 水 ― 土
気候風土    寒冷な気候 ・熱帯性気候
生物特性     植物的・ 動物的
性別        女性・ 男性
呼吸        吸気・ 呼気
器官構造     中空である膨張性・ 中身がつまっている凝縮性
神経       末梢神経、交感神経・ 中枢神経、副交感神経
態度、感性   穏やか、消極的、防御的・ 活発、積極的、攻撃的
仕事       心理的、精神的・ 肉体的、社会的
意識       普遍的・ 専門的
精神の働き    未来と取り組む・ 過去と取り組む
文化        精神的・ 物質的
次元        空間・ 時間
内外        内側・ 外側
武術         柔・ 剛
精神世界      鬼、魔王、悪魔・ 仏、神、天使
戦闘        防御・ 攻撃
向き        下、後、左・ 上、前、右

(出典:ウィキペディア


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2007年8月30日木曜日

陰陽の展開

展開
陰と陽とはもともと天候と関係する言葉であり、陰は曇りや日影、陽は日差しや日向の意味として『詩経』などの古書に表れる。
『春秋左氏伝』昭公元年に天の六気として陰・陽・風・雨・晦・明とあり、ここで陰陽は寒暑の要因と考えられ、また昭公四年には陰・陽・風・雨が季節を特徴づける気候の要因として扱われている。
さらに『管子』幼官では明確に春の燥気・夏の陽気・秋の湿気・冬の陰気として寒暑の原因とされるとともに四季(四時)の気候が変化する要因として扱われている。
これがやがて四時の気を統轄する上位概念となり、さらには万物の生成消滅といった変化全般をつかさどる概念、万物の性質を二元に分類する概念へと昇華されたと考えられる。

易経における陰陽
『易経』の卦は6本の爻と呼ばれる棒によって構成されている記号であるが、爻には「─」と「--」の2種類あり、易伝によりそれぞれの属性は陽・陰に当てられ、陽爻と陰爻を3つ重ねた八卦、八卦を2つ重ねた六十四卦は森羅万象を表象すると考えられた。
これにもとづき漢代では卦の象徴や爻の陰陽にもとづいて解釈する易学がなされた。
また繋辞上伝には「太極→両儀→四象→八卦」という生成論が唱えられているが、両儀は天地あるいは陰陽、四象は四時、八卦は万物と解されている。

宋易(宋代に興った易学)では図書先天の学と呼ばれる図像を用いた象数易が行われたが、これらの易図では陽は白、陰は黒で描かれた。南宋の朱熹は先天図にもとづき「太極→両儀→四象→八卦」の両儀を明確に陰陽と位置づけ、さらに四象を爻を2つ重ねたものとして太陽(老陽)・少陰・少陽・太陰(老陰)と名づけた。
なおUnicodeにおいて陰陽を表す記号には陰陽魚の太極図(☯)が当てられており、そのコードはU+262f、☯である。また陽爻(⚊)はU+268A、⚊、陰爻(⚋)はU+268B、⚋である。

天地人
三才の思想である。

(出典:ウィキペディア


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2007年8月29日水曜日

陰陽とは

陰陽(いんよう)とは、古代中国の思想に端を発し、森羅万象、宇宙のありとあらゆる事物をさまざまな観点から陰(いん)と陽(よう)の二つに分類する範疇。陰と陽とは互いに対立する属性をもった二つの気であり、万物の生成消滅といった変化はこの二気によって起こるとされる。
このような陰陽にもとづいた思想や学説を陰陽思想・陰陽論・陰陽説などといい、五行思想とともに陰陽五行説を構成した。

概要
宇宙の最初は混沌(カオス)の状態であると考え、この混沌の中から光に満ちた明るい澄んだ気、すなわち陽の気が上昇して天となり、重く濁った暗黒の気、すなわち陰の気が下降して地となった。
この二気の働きによって万物の事象を理解し、また将来までも予測しようというのが陰陽思想である。
受動的な性質を「陰」、能動的な性質を「陽」に分類する。具体的には、影・暗・柔・水・冬・夜・植物・女などが「陰」であり、光・明・剛・火・夏・昼・動物・男などが「陽」である。
相反しつつも、一方がなければもう一方も存在し得ない。
森羅万象、宇宙のありとあらゆる物は、相反する陰と陽の二気によって消長盛衰し、陰と陽の二気が調和して初めて自然の秩序が保たれる。
重要な事は、陰陽二元論が善悪二元論とは異なると言う事である。
陽は善ではなく、陰は悪ではない。あくまでこの世界を構成する要素に過ぎず、両要素は対等、同等である。
戦国時代末期に五行思想と一体で扱われるようになり、陰陽五行説となった。

特徴
・陰陽互根
陰があれば陽があり、陽があれば陰があるように、互いが存在することで己が成り立つ考え方。
・陰陽制約
提携律ともいい、陰陽が互いにバランスをとるよう作用する。陰虚すれば陽虚し、陽虚すれば陰虚する。陰実すれば陽実し、陽実すれば陰実する。
・陰陽消長
拮抗律ともいい、リズム変化である。陰陽の量的な変化である。陰虚すれば陽実し、陽虚すれば陰実する。陰実すれば陽虚し、陽実すれば陰虚する。
・陰陽転化
循環律ともいい、陰陽の質的な変化である。陰極まれば陽極まり、陽極まれば陰極まる。
・陰陽可分
交錯律ともいい、陰陽それぞれの中に様々な段階の陰陽がある。陰中の陽、陰中の陰、陽中の陰、陽中の陽。

(出典:ウィキペディア


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2007年8月28日火曜日

漢方医とは

漢方医(かんぽうい)は、脈診・腹診・舌診など伝統中国医学(東洋医学)の手法で診察し、証を建て、生薬で構成された漢方薬を処方して治療をする医師のことである。

漢方医と蘭方医
江戸後期まで、医術といえば伝統医療のことであり、わざわざ「漢方医」と名乗ることはなかった。
德川家治の時代に、杉田玄白や前野良沢らによる「蘭学」が始まったことから、これらを勉強した医師「蘭方医」が登場。
明治期になると、それまで蘭方と呼ばれていた西洋医学が正当な医術となり、今までの伝統的な医術を行う医師のことを漢方医と呼ぶようになった。

漢方医と中医
伝統的な中国医学の治療家という意味では、中国における中医と同じであるが、中国では、中医が薬術と鍼灸を併用して行っているのに対し、日本では二つが分業になっている。
これは伝統的に、日本では視覚障害者が多く鍼医となり、とくに元禄時代に活躍した杉山和一の門から多くの優れた盲人の鍼医が輩出し、盲人特有の指先の勘の鋭さと繊細な技術による優れた文化を創ったため、明治以降も鍼と按摩は医療とは別の制度が作られ、現在に至っている。


関連項目
・漢方医学
・伝統中国医学

(出典:ウィキペディア


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2007年8月27日月曜日

中医学とは

中医学(ちゅういがく)とは、現代の中華人民共和国(以下中国という)において行われる伝統医学である。伝統中国医学とも同じに扱われる場合があるが、現代の中医学は文化大革命以降、古いものから新たに作られた医学である。
古いものを踏襲する部分も多くあるため、中国では自国の伝統医学の総称である。
基本的に中医師が行うが、日本で中医師の資格は使えないため、これを行うのは医師、または一部の鍼灸師が行う中医針灸である。
中医師のライセンスは米国などで認められているが、日本では現在のところ認められない。中国は、中医師資格を認めてもらうために、日本政府に働きかけている。

現代中医学は、中医内科、中医外科、中医婦人科、中医小児科など細かく分かれている。
中国の中医師の資格種類は次のとおりに分けられる。
・中医師(中医専門)
・鍼灸専門の中医師
・推拿専門の中医師

その他に医師は西洋医があるが、中医学部を卒業後に西洋医学部に入学卒業し、西洋医学も中医学もできる結合医師がいる。
西洋医学の医療と異なる。
・漢方(漢方薬)
・薬食同源(医食同源)、薬膳
・鍼灸(鍼、灸、経絡)
・推拿:中国における手技療法、マッサージ。古くは按摩とも。日本の按摩とは、その形態が異なる。
・気功
・太極拳

関連項目
・漢方医学
・伝統医学一覧
・内治法
・外治法

(出典:ウィキペディア


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2007年8月26日日曜日

中国医学系統の伝統的医学

中医学
中医学:中国における伝統的医学の呼称であるが、中国医学全体を指すのではなく、現代の中国医学である。中医師の医学であり、日本で中医師の資格は使えないため、これをおこなうのは基本的に日本の医師国家試験を合格した医師である。
鍼灸師が中医学的な鍼灸を施す場合は、これを中医針灸と称す。
伝統的医学としては古い療法を伝えているが、思想的には 毛沢東の思想が反映された形ある理論であり、日本人のフィーリングを大切にできるほど自由な発想は許されていない。
弁証論治なども日本人が思っているほど古いものではない。現在の中医学は、中国において統一教科書教育が必要になった1959年を皮切りとし、文化大革命の時期を中心として展開された新しい理論である。
1958年の南京中医学院が編纂した教科書『中医学概論』では、五臓六腑ごとに病証が展開されており、病証も『千金方』の五臓病証に類似している。
この教科書では「肝虚寒証」のように現在の中医学では用いられない病証が含まれる。
また『千金方』には「腎実熱」などまで含まれる。
鍼灸を例にすれば、現在の中医理論は経絡治療と似ていて五臓の母子関係や相剋関係を中心に理論構築を展開する。およそ1960年代より、雑病の一つだった「肝気郁逆」(「肝気鬱滯」)が肝の基本病証の一つとなったのはあまりにも有名である。
また、「肝鬱気滞」が肝実証である、という認識は中国ではあるけれども、日本での認識は乏しく、「肝実証」という発想は、脈診を中心として診断をおこなう経絡治療家にも理解しやすいものである。
日中の伝統医学が融合してしまうのではないかと思うが、実はそういった混交した理論はこれまでにも多数存在し、むしろその正統性を柔らかに薄めている。

東医学・韓医学・高麗医学
・東医学:朝鮮半島(朝鮮民主主義人民共和国では1992年までこのように称していた。)で発達した中国医学系伝統医学の呼称。
・高麗医学:朝鮮民主主義人民共和国での呼称。1993年に東医学から改称した。
・韓医学:東医学と同じものの韓国における呼称。韓方医学とも呼ぶ。
漢方と鍼灸の両方を韓医師がおこなう。
内容的には、中国の明医学であり、医書としては『東医宝鑑』が土台となる。
『東医宝鑑』のなかには、中国で散逸した医書を含むため貴重である。
許浚の人生を題材にした小説も存在し、他にも韓国ドラマ『宮廷女官チャングムの誓い』に鍼灸をおこなうシーンが登場している。

漢方医学
漢方医学(和漢方・和方):日本で発達した中国医学系の伝統医学の呼称である。明治時代の伝統医学復興期に、漢代の『傷寒論』中心の医学である古方派の努力により、この名がつけられた。
漢方には鍼灸も含むが、現在漢方薬による治療のみをさすことが多い。
鍼灸は鍼灸師がおこない、漢方薬は西洋医師がおこなう。
薬店で昔ながらの漢方薬を買える店が少なくなっており、現在では病院でも漢方製剤が手に入り、中国の漢方製剤も多く輸入されている。

(出典:ウィキペディア


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2007年8月25日土曜日

伝統中国医学とは

伝統中国医学(でんとうちゅうごくいがく)とは、中国において、主に漢民族によって発展させられ、朝鮮半島や日本にも伝わってそれぞれ独自の発達を遂げた伝統医学の総称。英語の「Traditional Chinese Medicine(略:TCM )」の訳語。日本においては、東洋医学(とうよういがく)と呼称されることが多い。東洋医学という用語は中華人民共和国から見て東洋医学は日本の伝統医学を指すことがあるが、国際東洋医学会という国際学会があるように、日本・韓国・台湾では一般的な用語として用いられている。

東洋医学の特徴
全身を見て治療を行う。現代医学も全体を見ていないわけではないが、東洋医学は複数ある症状をもって「証」という概念で治療方針を決める。ただし、この「証」も古くは症状の「症」と同じ。例としては、中風証、腰痛証など。現代の鍼灸の流派によっては古体字の「證」を用いることも多い。例として、肝虚證、気虚證など。
体の自然治癒力を高めることで治癒に導く。ただし、効果の科学的根拠(EBM)が不明瞭なので、こういう表現が出てきたのだと思われる。現在は、生薬の薬物効果も明確なものが出てきている。だが、生薬は複合して処方するため、実際には何が効いているのかわからないことが多いので、東洋医学的に解釈するのが手っ取り早い。また、鍼灸も同様で、鍼と灸を組み合わせて治療するだけでなく、ツボ(経穴)もいくつか用いるため、どのツボが効いているのか明確にならない。よって科学的解明も容易ではない。
診断も、機械や採血を用いず、四診によって行う。よって、体を侵襲することがなく、無害である。東洋医学が医学の主幹となっていた時代に、現代医学のような技術は存在していないのが当たり前であるが、東洋医学の診断は、機械のない環境でも行えるというのが特徴である。医院はともかくとして、鍼灸院のような小さな環境でも東洋医学は可能である。ただし、診断にも技術が必要であり、数年の勉強と訓練が求められる。鍼灸師も学校や国家試験だけでは満足した勉強が不足するため、多くは鍼灸の勉強会や鍼灸院で修行を積むことが多い。また、漢方も同様で、学校主体の教育では満足した臨床能力が伴うか疑問とされており、中国での研修に行く例も少なくない。

(出典:ウィキペディア


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2007年8月24日金曜日

催眠療法と回想法の内容

催眠療法
催眠療法(さいみんりょうほう)とは、Hypnotherapyの訳語で、催眠を用いる精神療法の一種である。
必ずしも病気治療に限るわけではなく、その限りにおいては医師以外でも行ないうるので、催眠治療と訳すのは誤り。

催眠療法家の資格
催眠はそれ自体安全なため欧米でも国家資格はない。欧米では、療法家が協会を結成し、催眠療法士を認定する仕組みが一般的になっている。
日本の医師免許取得に催眠療法の理論や技能等は必要とされないが、米国には催眠療法の博士号が存在する。一方、日本では資格としては、日本催眠医学心理学会認定の「催眠技能士」等がある。
催眠関連の学会の中には、催眠を娯楽の対象とする計画・活動に学会会員が参加・協力することを倫理綱領によって禁じているものもある。

回想法
回想法(reminiscence/life review)(かいそうほう)とはアメリカの精神科医R.Butlerによって創始された心理療法である。主に高齢者を対象とし、人生の歴史や思い出を、受容的共感的な態度で聞くことを基本的姿勢とする。個人に対して1対1で行う個人回想法とグループで行われるグループ回想法に分けることができる。
回想法は心理療法の一つとしての利用のみならず、アクティビティ、世代間交流や地域活動として利用されることが多い。

心理療法としての回想法
心理的問題を持つ高齢者に対し、その問題解決を目的としてクリニック、カウンセリングセンターなどで行われる。
主に臨床心理士や精神科医、訓練を受けたセラピストが行う。
認知障害・記憶障害を持つ人に対しては回想を促す刺激(五感に働きかけ、記憶を呼び起こすもの)を用いることが多い。

効果
老年期に人生を振り返り、自己の人生を再評価することで、自尊心を向上させる。
高齢期特有の抑うつ状態の緩和

基本的姿勢
受容的共感的姿勢での傾聴

(出典:ウィキペディア


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2007年8月23日木曜日

自律訓練法とは

自律訓練法(じりつくんれんほう、autogenic training)とは、ドイツの精神科医シュルツ(Schultz,J.H.)によって創始された自己催眠法であり、治療技法である。ストレス緩和、心身症、神経症などに効果がある。

自律訓練法の構成
最も一般的な自律訓練法は、次の背景公式(基礎公式ともいう)と第1公式~第6公式の合計7つの公式からなる。
・背景公式
 気持ちがとても落ち着いている。
・第1公式
 手足が重い。
・第2公式
 手足が暖かい。
・第3公式
 心臓が静かに打っている。
・第4公式
 呼吸が楽になっている。
・第5公式
お腹が暖かい。
・第6公式
 額が涼しい。
これらの公式を順に心の中で繰り返し唱え、自己催眠状態になっていく。目的に応じて、一部の公式を省いたり、別の公式にするなどした変法も多い。
なお、数学などでもないのに「公式」という言葉は奇異であるが、自律訓練法では「公式」というのが普通である。

効果
自律訓練法は、疲労回復、ストレス緩和、仕事や勉強の能率向上、抑鬱(よくうつ)や不安の軽減などの効果がある。
また、心身症、神経症などの精神科、心療内科領域の病気にも効果がある。

実施方法
実施に先立ち、以下のようなことに注意する。専門家の指導の元に行うことが好ましい。

・実施場所は、気が散らないように、静かで快適な温度の場所がよい。
・極端な空腹感や満腹感があるときや便意のあるときは、気が散るので実施を避ける。
・衣服はゆったりとしたものが良い。身体を締め付けるベルトやネクタイは外す。
・姿勢は仰向けか、椅子に座った姿勢が良い。目は閉じる。
・1回あたりは最大でも5分程度に留めておく。1日に2~4回程度が適量と言われている。
・心臓、呼吸器、消化器、脳に疾患のある場合は、行なうべきではない。

準備が出来たら、背景公式~第1公式~第6公式までを心の中で唱える。身体が公式に通りになることを感じとれるように注意を集中する。しかし、緊張状態になってはいけない。
成功すれば各公式のような感覚を得られるはずである。このときは、感覚的なものだけでなく手足の温度の上昇、心拍数の減少などの身体的な変化が実際に起きている。
自律訓練法を終了するときには、必ず消去動作(終了動作などともいう)を行なう必要がある。これを怠ると不快感や脱力感などが起こることがある。消去動作は、手足の屈伸を数回行い、背伸びと深呼吸を行なってから目を開ける。

参考文献
・佐々木 雄二『自律訓練法』ごま書房
・松岡 洋一,松岡 素子『自律訓練法』日本評論社

(出典:ウィキペディア


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2007年8月22日水曜日

内観療法とは

内観療法とは、本来修養法として開発された吉本伊信の内観法を医療、臨床心理的目的のために応用する心理療法(精神療法)のこと。

1960年代から精神医療現場に導入されるようになった。1978年には日本内観学会が発足している。 また、国際的な評価も得られており、1991年には国際内観学会(International Naikan Association 略称INA)も設立され現在に至っている。  吉本のやり方をほぼそのまま行う内観原法と吉本のやり方に変化を加える内観変法がある。また医師などの依頼で民間の研修所に依頼して行う場合と、医師が中心となって病棟内で行う場合がる。


内観療法の手順
病院で行われる場合と、民間の研修所で行われる場合があり、以下は標準的な研修所で行われている方法である。 父、母、きょうだいなど、自分の身近な人(時には自分の身体の一部)に対しての今までの関わりを、

・してもらったこと
・して返したこと
・迷惑をかけたこと
の3つのテーマにそって繰り返し思い出す。

これにより自分や他者への理解・信頼が深まり、自己の存在価値・責任を自覚する事によって社会生活の改善につながると考えられる。
また場合によって「嘘と盗み」「養育費の計算」などのテーマが与えられることがある。特にアルコール依存症者には「酒代の計算」というテーマが与えられる。 また内観療法の種類は大きく分けて、内観道場で一週間篭って行う「集中内観」と、日常生活の中で1人で行う「日常内観」の2つになる。
集中内観では外界からの刺激が遮断された道場の中に、屏風で狭く仕切った空間を作り、その中で朝6時から夜9時まで続けて上のテーマについて内観していく。途中1~2時間ごとに訪れる面接者に対して、それまでに思い出した事を話す。それに対して面接者は共感的態度で耳を傾け、かつ必要最小限の返答で応える。その過程ではしばしば劇的な価値観の転換を伴うことがある。
病院での集中内観では(断食)絶食療法と併用されたり、森田療法と併用されることもある。また、アメリカのデイビッド・レイノルズは内観療法と森田療法の要素をとりれた新しい心理療法として「建設的生き方」(Constructive Living)を提唱している。

内観療法の適用
不登校や非行など学校での問題、親子・夫婦間などの家族間の問題に効果が見られる。またアルコール依存・薬物依存や摂食障害、心身症、抑うつ、神経症など比較的広範な精神疾患に対する効果も報告されている。
しかし内観療法は本人の意欲に加え、しっかりした自我状態が必要なため、統合失調症や境界性人格障害などの適応については意見が分かれている。本人への適用が困難な場合、家族に内観してもらうことにより、病状の好転が見られるという報告もなされている。(家族内観)また、重度の鬱病の場合も自殺願望を高める可能性があるため、寛解期に行うなど慎重にしなければならない。


(出典:ウィキペディア


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2007年8月21日火曜日

森田療法とは

森田療法(もりたりょうほう)は1919年(大正8年)に、森田正馬により創始された精神療法(心理療法)である。内観療法とともに代表的な日本製の精神療法として知られる。神経症を専門的に治療の対象とし、入院治療が主流であるが、外来治療が行われることもある。現在では日本だけでなく、世界的に紹介されている。
森田学説は、主として2つの仮説からなる。 ひとつめは、ヒポコンドリー性基調説である。 ヒポコンドリーとは、ふとしたきっかけで不安感を覚え、心気症になりやすい性質のことである。 ふたつめは、精神交互作用説である。 これは、不快な感覚に対して注意を集中すればするほど、不快感が増大することをいう。例えば、大事な用事がある時に限って下痢になってしまい、「下痢になってはいけない」と思えば思うほど下痢がひどくなるなどである。

入院治療は、4つの時期に区分される。
・第一期 絶対臥褥(がじょく)期
・患者を外界からの刺激を受けない個室に隔離し、食事・排泄時以外の活動を制限して布団で寝ているようにさせる。
・第二期 軽作業期
・臥褥時間を減らし、外界に触れさせ、軽作業をさせたりする。
・第三期 重作業期
・睡眠時間以外はほとんど何かの活動をしているという生活にし、肉体的な重作業を行う。趣味なども自由に行えるようにする。
・第四期 退院準備期
・日常生活に戻れるよう、社会生活訓練を行う。
・上記の課程を通常約1ヵ月間かけて行い、治療を終結する。入院治療については森田療法専門医の指導のもとで行われる。

外来治療は、面談と患者の記録してきた日記に対する添削が主である。医師は、日記へのコメントやアドバイスを通して、患者が自分自身の心理的な囚われに気づくことを促す。患者自身もこの気づきをきっかけに、日常生活における行動パターンを自ら修正していく。
治癒に到るまでの期間は、3ヶ月から数年と個人差がある。
入院治療、外来治療ともに、治療効果を得るには、患者自身の「治したい」という意思が重要であり、このような心構えがないと、治療の過程で脱落しやすい。 森田療法は、神経症の症状を「病気」として治すのでなく、患者自身の気づきと行動パターンの修正を通じて、神経症の症状を受け入れていくことで治癒に到る治療法と言える。
他の療法と比べると、厳しく感じられる治療法のため、一部の患者には敬遠される場合もある。しかし、神経症に対する治療効果と「禅」にも通じる東洋思想的な側面から、日本だけでなく、中国、アメリカ等にも広がりを見せている。

(出典:ウィキペディア


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2007年8月20日月曜日

交流分析の関連書籍

関連書籍
訳書
・Harris, T. A. (1973)  I'm OK - you're OK.
・(ハリスT.(著) 宮崎伸治(訳) 2000 I’M OK-YOU’RE OK 幸福になる関係、壊れてゆく関係:最良の人間関係をつくる心理学 交流分析より 東京:同文書院)
・James, M. & Jongeward, D. (1971) Born to win: Transactional analysis with gestalt experiments.
・(ジェイムスM.・ジョングウォードD.(著) 本明寛・織田正美・深澤道子(訳) 1976 自己実現への道:交流分析(TA)の理論と応用 東京:社会思想社)
・James, M. ()  Breaking free.
・(ジェイムスM.(著) 深澤道子(訳) 1984 突破への道:新しい人生のためのセルフ・リペアレンティング 東京:社会思想社)
・Jongeward, D. & James, M. (1981)  Winning ways in health care: Transactional analysis for effective communication.
・(ジョングウォードD.・ジェームズM.(著) 藤田敬一郎・西元勝子(訳) 1987 ナ-スのための交流分析トレ-ニング:よりよき患者理解と自己実現をめざして 東京:医学書院)
・Goulding, M. M. & Goulding, R. L. (1979) Changing lives through redecision therapy.
・(グルーディングM.M.・グルーディングR.L.(著) 深澤道子(訳) 1980 自己実現への再決断:TA・ゲシュタルト療法入門 東京:星和書店)
・Stewart, I. & Joines, V. (1987) TA TODAY: A new introduction to transactional analysis.
・(I.スチュアート・V.ジョインズ(著) 深澤道子(監訳) 1991 TA TODAY:最新・交流分析入門 東京:実務教育出版)
・Stewart, I. (1989) Transactional analysis counseling in action.
・(I.スチュアート(著) 杉村省吾・酒井敦子・本多修・柴台哲夫(訳) 1998 交流分析のカウンセリング:対人関係の心理学 東京:川島書店)
・Stewart, I. (1992) Eric Berne.
・(I.スチュアート(著) 諸永好孝(訳) 1998 エリック・バ-ン TA(交流分析)の誕生と発展 東京:チ-ム医療)

和書
・池見酉次郎(著) 1977 セルフコントロ-ルの心理と生理 福岡:西日本新聞社
・池見酉次郎・杉田峰康(著) 1974/1998 セルフ・コントロ-ル:交流分析の実際 大阪:創元社
・池見酉次郎・杉田峰康・新里里春(著) 1979 セルフ・コントロ-ル:交流分析の日本的展開 大阪:創元社
・池見酉次郎・杉田峰康・新里里春(著) 2001 人生を変える交流分析 大阪:創元社
・桂戴作(著) 1984/1996 交流分析入門 東京:チ-ム医療
・中島美和子・白井幸子(著) 1981 死と闘う人々に学ぶ:交流分析を用いての試み 東京:医学書院
・中村和子・杉田峰康(著) 1984 わかりやすい交流分析 東京:チ-ム医療
・柴崎武宏(著) 2004 自分が変わる・生徒が変わる交流分析 東京:学事出版
・繁田千恵(著) 2003 日本における交流分析の発展と実践 東京:風間書房
・新里里春(著) 1986 交流分析とエゴグラム 東京:チ-ム医療
・新里里春(著) 1993/2005 交流分析療法:エゴグラムを中心に 東京:チ-ム医療
・新里里春(著) 2000 カウンセリング:交流分析を中心に チ-ム医療
・白井幸子(著) 1983 看護にいかす交流分析:自分を知り、自分を変えるために 東京:医学書院
・杉田峰康(著) 1976 人生ドラマの自己分析:交流分析の実際 大阪:創元社
・杉田峰康(著) 1983 交流分析と心身症:臨床家のための精神分析的療法 東京:医歯薬*出版
・杉田峰康(著) 1985 講座サイコセラピ-第8巻 交流分析 東京:日本文化科学社
・杉田峰康(著) 1988 教育カウンセリングと交流分析 東京:チ-ム医療
・杉田峰康(著) 1990 交流分析のすすめ:人間関係に悩むあなたへ 東京:日本文化科学社
・杉田峰康(著) 1990/2000 医師・ナ-スのための臨床交流分析入門(第1版) 東京:医歯薬出版
・杉田峰康(著) 1996 交流分析の基礎知識TA用語100 東京:チ-ム医療
・杉田峰康(著) 1996 ゲ-ム分析 東京:チ-ム医療
・杉田峰康(著) 1998 ナースのための交流分析入門 東京:真興交易医書出版部
・杉田峰康(著) 2000 新しい交流分析の実際:TA・ゲシュタルト療法の試み 大阪:創元社
・杉田峰康(著) 2000 こじれる人間関係:ドラマ的交流の分析 大阪:創元社
・杉田峰康(著) 2004 あなたが演じるゲ-ムと脚本:交流分析で探る心のうら・おもて 東京:チーム医療
・杉田峰康(著) 2005 ワンダフル・カウンセラー・イエス:福音と交流分析 札幌:一麦出版社
・杉田峰康・国谷誠朗(著) 1991 脚本分析 東京:チ-ム医療
・横山好治・杉田峰康(著) 1986 生徒のこころ・教師の心-教育現場と交流分析 東京:チ-ム医療
(出典:ウィキペディア


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2007年8月18日土曜日

交流分析における見解と参考文献

交流分析における見解
人はみなOKである。それゆえ、個々人には、正当性、重要性、平等性の敬意を受けることができる。
人はみな(僅かな例外を除いて)、A(Adult)として、考える能力を持つ。
人はみな、それぞれのストーリーと運命を決定する。
しかしながらその決定は、変更が可能なものである。
子供の頃に埋め込まれた環境不適合というストーリーからの脱却は、不公平で不誠実な「今-ここ」の人生に基づいた感情、不適切、虚偽からの開放のために、求められているものである。(すなわち、子供時代の苦悩、自己への同情、他人の心理戦、強制的な行動、人生の失敗の繰り返しといったものからの開放である)
交流分析は、目標思考であり、問題思考ではない。
交流分析の基で変える目標は、自立性(子供の頃の脚本からの脱却)、自発性、親愛性、「逃避」や「受身」にといった問題の解決、「進化」ではなく個人の治療、新しい選択肢を学ぶことである。


ポップ交流分析
エリック・バーンの一般的な言葉を用いた交流分析の紹介の能力と、一般大衆の書籍市場における交流分析の大衆化は、人気のある交流分析の教材、書籍を作り流行となった。
これらのうちいくつかは、交流分析を簡素化しただけの粗悪なものであった。
一つのポップ交流分析の例は、構造モデルを描いた漫画である。ここでは、P(Parent)が判断し、A(Adult)が熟考し、C(Child)が感じているというように描かれている。ほとんどの真面目な交流分析の教材は、専門家より一般消費者をターゲットとしているものも含めて、この過度な簡素化を避けている。
トマス・アンソニー・ハリスの1960年代後半の最も有名な本、「I'm OK, You're OK」は、幅広く交流分析を基にしている。根本的な相違といえば、エリック・バーンが全ての人の人生は、「I'm OK」というところから提唱されているのに対し、トマス・アンソニー・ハリスは、人生は「I'm not OK, you're OK」から始まっていると述べている。多くの交流分析学者は、トマス・アンソニー・ハリスは交流分析学者の考えている基本理念から逸脱しているものだと見なした。

参考文献
エリック・バーン著(大衆向け)
・(1964) Games People Play. New York: Grove Press. ISBN 0140027688.
・(1996) (Paperback reissue ed.) New York: Ballantine Books. ISBN 0345410033.
・What Do You Say After You Say Hello? ISBN 055209806X.

エリック・バーン著(その他)
・Transactional Analysis in Psychotherapy. ISBN 0285647768.
・The Structure and Dynamics of Organizations and Groups. ISBN 0345234812.

他者著
・Ian Stewart, Vann Joines - TA Today: A New Introduction to Transactional Analysis
・(1990)(Paperback reissue ed.) Scripts People Live: Transactional Analysis of Life Scripts. New York: Grove Press By Claude Steiner ISBN 0394492676.

(出典:ウィキペディア


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2007年8月17日金曜日

交流分析で確認されているゲーム

確認されているゲーム
次のものは、エリック・バーンの書籍「Games People Play」の中で発見された、最も一般的なゲームのテーマである。
・YDYB: Why Don't You, Yes But.(そうしたら?うん、でも) - これは最も最初に発見されたゲームである。
・IFWY: If It Weren't For You(もしあなたのためでなかったら)
・WAHM: Why does this Always Happen to Me?(どうしていつもこうなるんだ?) - 自己成就予言
・SWYMD: See What You Made Me Do(あなたのせいだよ)
・UGMIT: You Got Me Into This(あなたが始めたんでしょ)
・LHIT: Look How Hard I've Tried(こんなに頑張っているのに)
・ITHY: I'm Only Trying to Help You(あなたを良くしたいだけなんだ)
・LYAHF: Let's You and Him Fight(仲間割れ) - 三角関係

ラケット
ラケットとは、「感じられた感情」を認識するものと、実際の感情を「認めない」として目を向けない2つの行動である。
これは、より専門的に説明するならば、子供の頃に培われた、多くのストレスのある環境の中で経験された、とても馴染みのある感情であり、A(Adult)としての解決策が適応できないものである。
次にラケットとは、「今-ここ」を考えるA(Adult)の思考よりも、子供のころに形成した脚本による行動である。そしてこの行動は、ラケット感情(幼い頃に感じ慣れた感情)を体験し、現状起こっていることを内部的に正当化するために、(1)実際の問題の解決というより、脚本に行動をあわせるために環境を操作する、(2)埋め込まれているゴールは、問題を解決するためにはさほど良く働かない、といえる。
ラケットとラケット感情における例:「なぜ私はいつも、ペテン師のようなひとに出会うのか」、「彼は、いつも私の行為を利用している」。次にラケットは、子供の頃に経験した、いつも助けてくれる学習し練習している感情による行動を取り、そのような振る舞いが行われる。一般的に、それらは表面的な断言であって苦しいと感じているにも関わらず、意識の外で起こるものであり、また誰かのせいで発生したと思われている。あるラケットとその感情からの報酬は、後ろめたくない方法をとることかもしれない。そして、その報酬は、子供の頃からの脚本である「人々はいつもボクを失望させる」という証明になり続け、いっそうその考えを強くしていくのである。
つまりラケットとゲームとは、ある環境で得たラケット感情を正当化するために使われる装置であり、結果、子供の頃の脚本はより強固なものになるといえる。そして、「今-ここ」の状況に適して対応できるA(Adult)の感情と反応に代わって、必ず現れるのがこれらラケットとゲームである。
最初にこのようなゲームを理論づけたのは、問題に困っている参加者(白)を他の参加者(黒)が助けるという状況での「そうしたら?うん、でも」である。参加者(白)は参加者(黒)の提案の問題点を全て指摘するであろう(「うん、でも」の応答)。そしてこれは、お互いにフラストレーションが溜まり、嫌になるまで続くのである。そして、この参加者(白)が副次的に得られるものとしては、彼の問題は解決不可能であるという正当化を認めることであり、内面的変化の辛い作業を行わないことであろう。参加者(黒)にとっては、不満の溜まった殉教者のように「助けたかっただけなのに」と感じるか、さらに上を行き、軽蔑し「あの患者は非協力的だった」と感じるであろう。
ゲームは、その関係者に応じて、レベル1~3に分類される。レベル1は、大量の細かい報酬であろう(例えば、別れた素敵な彼氏に会い続け、嫌な気分になるような場合である)。レベル3は、長期間、とてつもない大きさの報酬を与えられるものであろう。(例えば、法廷、死体置き場などである)
またゲームとラケットは、カープマンのドラマの三角形に従って分析されることがある。つまり、迫害者、犠牲者、救出者の役割からである。切り替えは、参加者に安定した役割が確立されている時に、突然役割の切り替えが行われるといえる。犠牲者が迫害者の役割にまわり、前の迫害者を犠牲者の役回りに追いやったり、救出者が突然迫害者になるものである。(「あなたは一度も私に感謝したことがない!」といったものである)
(このセクションは、TA Today: A New Introduction to Transactional Analysis Ian Stewart著, Vann Joines著によるものである。)

(出典:ウィキペディア


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2007年8月16日木曜日

交流分析のゲームとその分析

ゲームの定義
ゲームとは補完的(相互的)、裏面的、さらに方向が予測された結果に向かう一連の交流のことである。ゲームは、しばしば終わりに向かう参加者の役割の切り替えによって表される。
各ゲームは、参加者に対して報酬(ラケット感情)が支払われる。ゲームとは反対のもの、すなわち、ゲームを終了させる方法は、参加者が報酬を受けるのを中断する方法を発見するところにあると言える。
交流分析を学ぶものは、たとえ異なった参加者が異なった役割を演じようとも、そのゲームばかりを行っている人は同じゲームを行うことを見つけている。


ゲームの分析
ゲームにおける一つの重要な点は、参加者の人数である。ゲームは、二人の間で手渡される(つまり、ゲームの人数は二人)、三人の間で手渡される(ゲームの人数は三人)、それ以上の人数など様々である。異なる3つの量的な変数は、ゲームを考える上でとても有効である。

・柔軟性:参加者の現在のゲームを変える能力(つまり、彼らがゲームに使う道具)柔軟性のあるゲームにおいては、参加者は言葉から、お金や、体の一部に言葉を変化させる可能性がある。
・粘着力:ゲームを行う参加者との粘り強さ、ゲームへの粘着力、そしてゲームを壊す抵抗力。
・強度:易しいゲームはリラックスした形で行われる。難しいゲームは緊張し攻撃的な形で行われる。

受容度と潜在的な危害を受ける度合いに基づいて、ゲームは以下のように分類される。
・第一度ゲーム:これは、参加者の社交のサークルの中で気軽に交流できるものである。
・第二度ゲーム:これは、深刻な被害をもたらさないかもしれないが、参加者が受け入れにくいゲームである。
・第三度ゲーム:これは、参加者に深刻な被害をもたらす可能性のあるゲームである。

加えて、ゲームは次のようなものに基づいて、議論される
・目的
・役割
・社会的、心理的なパラダイム
・力関係
・参加者への強み(報酬)

合理的(数学的)ゲームとの対比
交流ゲーム分析は、以下の点において、合理的または数学的なゲーム分析とは根本的に異なる。
・加者は交流分析において、必ずしも理性のある行動は行わない。しかしながら、参加者は普段より一層、現実的な人々のように振舞う。
・彼らの動機・目的は隠されていることがある。

(出典:ウィキペディア


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2007年8月15日水曜日

交流分析、時間の構造化

時間の構造化
Berneは時間を構造化するニーズがあると考えた。そして、その構造化の仕方として以下の方法があると述べている。

引きこもり

儀式
儀式は、固定概念に囚われた社会的プログラミングに基づく、補完的(相互的)な一連の交流である。儀式は、一般的に、相互のストロークの交換から形成される。 例えば、二人は日常的なストロークの儀式を持っている可能性がある。毎日会う度にそこでは、一方が「やあ」と言い、もう一方が、次のような儀式的なストロークを持っているかもしれない。
A:「やあ」
B:「やあ。元気?」
A:「うん、いいよ。そっちは?」
B:「うん、いいよ。じゃまた」
同じ日に彼らがまた会った時、彼らはどんなストロークも交換しないかもしれない、あるいは、単にうなづき合うだけかもしれない。
いくつかの現象は日常的な儀式と関連している:
・もしある人が、予想されているよりも少ないストロークしか交換しなかった場合、他の人は、彼が悩んでいるか、傲慢になっているかと感じるかもしれない。
・もしある人が、予想されているよりも多いストロークを交換した場合、他の人は、彼が媚びてきているか、利用するために良い関係を作ろうとしているのではと感じるかもしれない。
・もし彼らが長い間会っていなかったら、未処理のストロークが増え、それゆえ次回会ったときに、それを埋め合わせるくらいの大量なストロークを交換するかもしれない。


暇つぶし
暇つぶしは、補完的(相互的)で、半儀式的である。暇つぶしは、隠された目的はなく、一般的に同じ波長を持つもの同士で行うことができる。こうした仲間は普通、深い意図はなく、危害も加えない。

活動

ゲーム

親密さ
ゲームについては、後述する。

(出典:ウィキペディア


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2007年8月14日火曜日

交流の背後にある現象

人生脚本
・脚本とは、すでに予定されている人生のプランである。
・脚本は、敏感であり、決定力のあるものである。すなわち、子供の頃に知覚した世界観と、生きる目的、道徳観によって決められているものである。これは、外部的な力によって、押しつけられるものではない。
・脚本は、両親(または、その他の影響を及ぼしやすいものや体験)によって、より強靭なものとなる。
・脚本は自覚されていないものである。
・脚本は、どのように私達が人生を歩むか、何を求めていくかであり、そこに適合しない現実は、私達の持つ意識内のフィルターによって再定義(または歪め)られる。

各国の文化、国民性、人々は、社会的価値観(すなわち、独特の起源、核となる信条や目的を説明できる伝説)がある。そして、交流分析によれば、このような価値観は個々人においても同様である。人は、とても幼い頃に、世界と自分の立場を理解しようとして、自分に対する人生の脚本を書きます。その脚本は人生の中において改訂されるが、核となる話は一般的に7歳までに選ばれ決定され、大人になっても気づかないものである。もしかしたら、人生脚本は「私は死ぬまで、傷つけられ、苦痛を受け、他人を不快にさせる」ものかもしれず、この目的に適している子供の頃に生み出した行動をとりながら、実際にそうなるように準備してるかもしれない。逆に、もしかしたら人生脚本は、とっても気楽な肯定的なものかもしれない。

再定義と値引き(ディスカウント)
・再定義とは、我々が意図的に(かつ無意識的に)物事を我々の望むように歪める時の、現実の曲解である。これゆえ、もしある人が「冷たく厳しい世界に対して一人で生きていかなければならない」といった脚本を持っているならば、他人の優しさと労わってくれる状況を、「操作によって何かを奪うのではないか」と再定義しているかもしれない。
・値引き(ディスカウント)とは、何かをその価値より悪く受け止めるものである。したがって、A(Adult)の「今-ここ」での実際の問題を解決するという試みではないような代替的な反応を与えることや、証拠となるものをみないことは、彼らの脚本に矛盾するものであろう。値引きは、以下のようなものを含んでいる:受身(無気力)、過剰適合、不安、自意識の低下、怒り、暴力。

禁止令とドライバー
交流分析は、一般的に脚本の中で作り上げられる12の禁止令を述べている。禁止令は、「できない」「すべきでない」と強いイメージで、子供の頃の信条や人生脚本組み込まれたメッセージである。
存在するな、お前ではダメだ、子供でいるな、成長するな、成功するな、何もするな、重要ではない、ここに加わるな、近づくな、上手くいくな(まともでいるな)、考えるな、感じるな
加えて、エピスクリプトというものがある。「これはお前の運命なの、だから私には起こらないの」
これらに対して、子供が頻繁に「やりなさい」と、聞かされることが他にもある。これらは、5つのドライバーである。
しっかりしなさい!、どうかお願い(私のために、他の人のために)!、一生懸命やりなさい!、強くなりなさい!、さっさとしなさい!
それゆえ、子供が脚本を作るときに、彼らはこのような判断をすることがよくある「一生懸命やってる限り、ボクはこれでいいんだ(存在し続ける意味がある)」
これは、どうして何らかの変化がとても難しいかを意味する。上記のようなことを守り続けるため、その人が休憩しようしてと家族とリラックスする場合、「お前は存在する意味は無い」という脚本に組み込まれている禁止令が現れて、彼らを恐怖におとしめるのである。このような人は、彼ら自身が理解していないプレッシャーに悩まされる可能性があり、そのプレッシャーから開放され、存在意義を(子供のような方法で)正当化するために、「一生懸命すること」に再び戻るであろう。 ドライバーによる行動も、とても小さな尺度で検出が可能である。例えば、ドライバーの行動が関係している状況に対する本能的な反応は、5~20秒で現れるのである。

(出典:ウィキペディア


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2007年8月13日月曜日

交流の種類

相互的または補完的な交流
単に、相互的な交流は、双方が相手の自我状態に話しかけているときに起こる。これらは、補完的交流とも呼ばれる。
例1:
A:「レポートを書いてくれますか?」(AからAへの交流)
B:「はい。私はメールでそれを送るところですよ」(AからAへの交流)
例2:
A:「映画見に行きたい?」(CからCへの交流)
B:「行きたい!何見に行くの?」(CからCへの交流)
例3:
A:「部屋は片付いてるかい?」(PからCへの交流)
B:「分かってるよ。そのうちやるから!」(CからPへの交流)


交錯した交流
コミュニケーションの失敗は、相手の自我状態とは異なった自我状態への話しかけ(交錯した交流)によって引き起こされる。次のような例に見られる。
例1a:
A:「レポートを書いてくれますか?」(AからAへの交流)
B:「分かってるよ。そのうちやるから!」(CからPへの交流)
これは、仕事において、問題を引き起こしそうな交錯した交流である。Aは、P(Parent)からC(Child)への交流に基づいた返事をするかもしれない。すなわち、以下のようなものである。
A:「キサマその態度はなんだ、ふざけてるとクビにするぞ」
例2a:
A:「部屋は片付いてるかい?」(PからCへの交流)
B:「はい。私は丁度これからやるところですよ」(AからAへの交流)
これは、さらに積極的な交錯した交流であり、Bが責任感を持って行動しBとしての役割(つまりChild)を演じていないことに対して、Aは不満を持つ可能性がある。さらに会話は次のように発展するだろう。
A:「私は、あなたのそういう態度が信じれないな!」(PからCへの交流)
B:「私の言うことを少しは信じてよ!」(CからPへの交流)
この受け答えは、永遠に続くであろう。


二重構造または隠された交流
その他に、二重構造または隠された交流がある。これは、明白な一般的会話が、明確でない心理的な交流を含んでいるものである。すなわち、以下のようなものである。
A:「物置を見に行きませんか?」
B:「私、昔から物置が大好きでたまらないの」
社会的な面では、A(Adult)からA(Adult)への交流であり、心理的な面では、C(Child)からC(Child)への恋愛における交流である。

(出典:ウィキペディア


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2007年8月11日土曜日

交流分析のプログラミング

自我状態モデル(Parent-Adult-Child, PAC)
どのような場合においても、人は体験を行い、行動、考え、感情を混合させながら、個性を表現する。交流分析によれば、一般的に、人々は3つの自我状態を用いている。
・P(Parent):これは人々が、無意識のうちに両親(または親の代わりとなるもの)の行動パターンを模倣をして、行動し、感じ、思考する状態。例えば、影響力のある人が怒鳴りつけているのを見て、それが有効であると幼い頃に学んでいたら、その人も欲求不満から人を怒鳴りつけるかもしれないことが挙げられる。

・A(Adult):これは、「今-ここ」でどのようなことが起きているのかについて人々が行動し、感じ、冷静に思考する状態。この状態では、長年生きてきた大人としての人間の経験、知識が活かされ、人を行動させる。このA(Adult)の自我状態では、自身は、現実における客観的な評価の対象として見られる。

・C(Child):これは人が子供の頃にどのように振舞ったかと同じように、行動し、感じ、思考する状態。例えば、上司から怒られている人は、まるで子供の頃に行ったように、その上司を見下し、屈辱や怒りを覚えるかもしれないであろう。
また、それそれの状態は更に分割される。親の象徴は通常、養育的な親(NurturingParent)(寛容的、保護的)か、規範的な親(CriticalParent)のどちらかである。子供の行動は、自由な子供(FreeChild/NaturalChild)(自然奔放)か、他者順応な子供(AdaptedChild)のどちらかである。それぞれの状態は、個人の行動、感情、思考において影響を与え、有益的(積極的)または、破滅的/反生産的(悲観的)になるといえる。
交流分析の自我状態をフロイトの自我(A)、イド(C)、超自我(P)と対比されることが多いが、2つの理論は異なる。交流分析の自我状態は、(1)フロイトの言う自我の説明である、(2)フロイトの仮説モデルと異なり観察が可能である。つまり、対話を行う相手の特定の自我状態は、外部からの観察によって決定することができる。また、自我状態は、それぞれの自我状態においての行動において、直接的に思考、感情、判断に対応するものではない。
自我状態は普遍的なものではない。すなわち、それぞれの自我状態は、個別にかつ明白に、個々人を表すものである。例えば、C(Child)の自我状態は、特定の人間の個性であり、一般的な子供の状態ではなく、子供の頃に作られた性格を表すものである。
自我状態は、汚染されることがある。例えば、大人としての現実として、人が父親のルールやモットーを破り、信念が「今-ここ」の現実として受け入れられた場合。または、他人に笑われた場合である。つまり、これまでの幼い頃の体験の記憶上に、「今-ここ」に起きていることが新しい記憶として覆いつくすならば、子供の頃における一つの自我状態への影響と言えるであろう。

交流とストローク
・交流とは、コミュニケーションの流れであり、より正確には言語以外の心理的な平行に流れるコミュニケーションの流れである。
・交流は、明確なレベルと心理的なレベルの両方に同時に生じる。例えば、皮肉的な意図を持った、思いやりのある言葉である。本当のコミュニケーションを読み取るためには、表面と非言語の読み取りが必要となる。
・ストロークは、人が他者に与える認識、注意、反応であり、肯定的または否定的なものである。ストロークの主要な考えとしては、人は他者からの認識や肯定的なストロークに飢えており、それがたとえ否定的な認識であっても、人はどんな種類のストロークも求めるということである。我々は、子供達のようにどのような戦略や振る舞いが私達に対してストロークを与えるか、どのようなストロークを受け取るかを試している。
我々は、しばしば他者とのコミュニケーションをおいて、他者のコミュニケーションスタイルに適合させることに対してプレッシャーを感じる。それゆえ、抑圧的な親のように部下と話す上司は、時折、自分に対しての失望や、相手の子供のような対応を生み出すであろう。こうした反抗的な部下は、そこから取り除かれるか、問題扱いされるであろう。
ストロークは、彼らの中の本質的なストロークに応じて、肯定的または否定的なものとして感じられよう。否定的なストロークは、基本的なストロークの欠如のために、ストロークの無い状態よりも好まれるといえる。
こうした交流の本質は、コミュニケーションを理解する上でとても重要である。

(出典:ウィキペディア


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2007年8月10日金曜日

交流分析の概論

概論

交流分析とは人格と個人の成長と変化における体系的な心理療法の理論である。
・人格における理論としては、交流分析は、人々はどのように心理的に構成されるかについて説明している。 恐らく、P(Parent)、A(Adult)、C(Child)というモデルが最も知られており、このモデルは、どのように人々が行動し表現するかということについての理解を容易にしている。
・コミュニケーションの理論としては、交流分析は、システムと組織の分析における方法にまで及んでいる。
・交流分析は、子供の発達における理論も提供している。
・交流分析は、「何が問題なのか」「私はどのように人生を過ごせばよいか」といった問題に答えるための、人生脚本という概念を提唱している。(ここで脚本とは、ある一人の人生である。)
この脚本は交流分析によれば、結果というより、むしろ苦悩、強制、自虐的行動、その他精神的障害を証明するのに有効である。それゆえに、交流分析は、幅広い精神病理学の理論をも提供している。
・実用的な応用の分野では、様々な精神疾患の診断、治療の治療法として、また、個人、恋人、家族、グループへのセラピーの手法として使われている。
・治療以外の分野としては、教育分野での教員のより良いコミュニケーションを図るための手法として、またカウンセリングやコンサルティングの分野、マネージメント分野、コミュニケーションの訓練、その他様々な団体によって用いられている。

要旨

交流分析は、神経言語プログラミング同様、実践的な手法であり、「何が機能しているのか」を見つけ、理解においてどの発達モデルが影響しているかを分析する。それゆえ、交流分析は、継続的に進化していくものである。ただし、いくつかのモデルは交流分析において存在する。

(出典:ウィキペディア


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2007年8月9日木曜日

交流分析とは

交流分析(こうりゅうぶんせき、Transactional Analysis,TA)とは、1950年代後半に、精神科医エリック・バーン(Eric Berne)によって提唱された一つの心理学理論である。
フロイトが人間の精神が、自我、イド、超自我から成ると分析するように、エリック・バーンは、精神が子供の頃の経験によって形作られるP(Parent)、A(Adult)、C(Child)の3つの自我状態があると仮定した。
交流分析によれば、虐待といった子供の頃の悪い体験は、C(Child)、P(Parent)の自我に対して悪い影響を及ぼし、個人や他者を不安定にし、様々な精神疾患を引き起こす。
エリック・バーンは、個人がどのように他者と交流し、自我状態がどのように一連の交流に対して影響を与えるかについて検討した。
彼は、非生産的または反生産的な交流は、自我状態の問題の表れであると考えた。
そして、個人の自己意識の形成の歴史に従い、こうした交流の分析を行うことにより、個人をより良く改善することができると指摘した。
エリック・バーンは、人々は自我状態に対して何らかの問題を持っているものであり、悲観的な行動は、個人の問題によるものだけではないと主張している。

エリック・バーンは、一般的な反生産的社会交流を「ゲーム」の概念によって表している。
エリック・バーンは、彼の理論を2冊の交流分析の本にて提唱した。
結果として交流分析は、多くの心理学者から、通俗心理学であるとの批判を受けた。また、「Games People Play」という歌が、この批判に拍車をかけることとなった。
同様に交流分析は、フロイト理論から逸脱してるということで、伝統的な精神分析コミュニティからも追放された。
しかし、1970年代までに、簡単で堅苦しくない言葉と人間心理モデルにより、その概念と専門用語の多くは、折衷主義的心理学者の治療におけるアプローチ方法として取り入れられた。
また同じく、交流分析は、グループカウンセリングや、個人の内面に焦点をあてる結婚、家庭におけるカウンセラーにも受け入れられた。
なお、交流分析を尊重する学者は、1964年にエリック・バーンと共に研究と認可のための協会、国際交流分析協会(ITAA)を設立しており、2006年現在、団体は今も活動中である。


(出典:ウィキペディア


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2007年8月8日水曜日

ゲシュタルト療法とは

ゲシュタルト療法は、ユダヤ人の精神科医、フレデリック・パールズと妻のローラにより、ゲシュタルト心理学、実存主義思想などを手がかりにはじめられたものである。"Ego, Hunger & Aggression -- A Revision of Freud's Theory and Method"(1942)が、その基本を述べた最初の著作とされ、1951年には"Gestalt Therapy -- Excitement and Growth in the Human Personality"が出版されている。彼は、その後日本にもやってきて、京都の大徳寺で禅の修業もしている。「ゲシュタルト」(Gestalt)は、ドイツ語で「かたち」「形象」をいう言葉。直接は「ゲシュタルト心理学」から由来した言葉と思われるが、その意味づけは参禅体験などと深くつながっている。彼の考え方には、エーリヒ・フロムや鈴木大拙などの影響も色濃く見られる。東洋的な瞑想や精神統一の体験を基盤に取り込んだという点では、ユージン・ジェンドリンのフォーカシングと似ている。セラピーの姿勢としては、カール・ロジャーズの来談者中心療法などと一緒に人間性心理学の中に分類されている。
このセラピーでは、過去になにをしたか、それはなぜなのかを問うことはしない、「今・ここ」で、「いかに」・話しているか、「なにを」・話しているかを問題にする。それを気づき、体験すること、そこから全身全霊的な気づき、覚醒を目指し、そこで自分自身であるという自由を取り戻すことを目的とする。
やり方としては、構成的エンカウンターとして行われることが多い。
ゲシュタルト療法の手法というのは、心理学や哲学の手法を広く取り入れており、それらを精神と身体の完全統一という考え方に基づいて、セラピーの療法として統合したものである。この療法の目的とは、活動におけるより確立した独立と、自然な成長を阻害する障害物に対処する能力を、患者自身が獲得することを助けることにある。

ゲシュタルトの祈り
パールズが作ったゲシュタルト療法の思想を盛り込んだ詩で、彼はワークショップでこの詩を読み上げることを好んだ。
私は私のために生き、あなたはあなたのために生きる。私はあなたの期待にこたえて行動するためにこの世に在るのじゃない。そしてあなたも私の期待にこたえて行動するためにこの世にあるのではない。もしも縁があって、私たちがお互いに出会えるなら、それはすばらしいこと。出会えなければ、それはしかたのないこと。

参考文献
・フレデリック・パールズ『ゲシュタルト療法 その理論と実際』ナカニシヤ出版 1990年。
・M・M・グールディング、R・L・グールディング 『自己実現への再決断:TA・ゲシュタルト療法入門』星和書店 1980年。
・ポーラ・バトム『LIVE NOW 今に生きる』チーム医療 1992年。
・リッキー・リヴィングストン『聖なる愚か者』星雲社 1989年。
・倉戸ヨシヤ「パールズ」(小川捷之、福島章、村瀬孝雄編集『臨床心理学大系 16 臨床心理学の先駆者たち』金子書房 1990年所収)。

(出典:ウィキペディア


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2007年8月7日火曜日

箱庭療法で使用する道具

道具
箱と砂
箱庭ではカルフが使用した大きさとほぼ同じ縦57cm×横72cm×高さ7cmくらいの大きさの箱に砂が入っている。米国では箱庭療法を導入している病院があるが、基本的に箱のサイズは規格化されておらずバラバラである。砂の種類は特に決まっておらず、基本的に自由で色々な砂を使用する(砂浜の砂、土など)。

箱庭の枠
ちなみに、箱庭の枠(高さ7cmの部分)であるが、これは非常に重要である。統合失調症の治療で有名な精神科医で日本独自の風景構成法を考案した中井久夫は、東京で河合の箱庭に関する発表を聞き、箱庭に枠が使用されている点に注目した。そして、患者が箱庭の「枠」がある為に、箱庭による自己表現が可能であり、治療効果がある事に気づいたという。
中井は紙の縁を枠として考え、治療者が枠をハンドライティングで描くという、自身の風景構成法の「枠付け法」に応用した。中井や山中康裕などの医療系の精神科医が、箱庭療法を病院に持ち込んだ為、箱庭が教育現場だけでなく、病院臨床でも使用される契機となる。

おもちゃ
使用するおもちゃは特に決まっておらず、規格化されておらず、セラピストが自由に集めてくる。

関連学会
・国際箱庭療法学会(ISST)
・日本箱庭療法学会
・カナダ箱庭療法協会 (Canadian Association for Sandplay Therapy)

参考書
・カルフ箱庭療法 ドラ・M・カルフ(誠信書房)
・箱庭療法入門 河合隼雄 (誠信書房)
・箱庭療法の世界 東山紘久 (誠信書房)
・箱庭療法の基礎 岡田康伸 (誠信書房)
・箱庭療法の発展 岡田康伸 (誠信書房)
・箱庭療法の現代的意義 岡田康伸編集 現代のエスプリ.別冊 箱庭療法シリーズ 至文堂 2002
・箱庭療法の本質と周辺 岡田康伸編集 現代のエスプリ.別冊 箱庭療法シリーズ 至文堂 2002
・自閉症児の治療教育 : 音楽療法と箱庭療法 山松質文著 岩崎学術出版社 1975
・トポスの知 : 箱庭療法の世界 河合隼雄, 中村雄二郎著 明石箱庭療法研究会編 ティビ ーエス・ブリタニカ , 1984
・箱庭療法研究  河合隼雄, 山中康裕編 誠信書房 , 1982
・箱庭療法の国際比較における基礎研究 研究代表者 河合隼雄[京都大学教育学部, 1989
・表現療法 山中康裕編著 ミネルヴァ書房 , 2003
・箱庭療法-イギリスユング派の事例と解釈- ライス・メニーヒェン(金剛出版)
・箱庭療法 基礎的研究と実践 木村晴子著 創元社 , 1985
・臨床心理面接技法 伊藤良子編 誠信書房 , 2003 (3冊)
・箱庭療法のプロセス 学校教育臨床と基礎的研究 / 平松清志著 金剛出版 , 2001
・世界の箱庭療法 : 現在と未来 山中康裕, S.レーヴェン=ザイフェルト, K.ブラッドウ ェイ編 新曜社 , 2000

(出典:ウィキペディア


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2007年8月6日月曜日

箱庭療法とは

箱庭療法【はこにわりょうほう/Sandspiel Therapie (独)/Sandplay Therapy(英)】
箱庭療法は心理療法の一種で、縦57cm×横72cm×高さ7cmの箱の中に、クライエントが、セラピストが見守る中で自由に部屋にあるおもちゃを入れて行く手法。表現療法に位置づけられるが、作られた作品は言語化される時もある。基本的に自由に見守られながら表現することが重要であるといわれている。現在は成人の治療にも使用されるが、もともとは遊戯療法(Play Therapy)から派生した。米国や欧州等、世界で用いられる手法であるが、日本でも幅広く用いられている。


歴史
英国の小児科医ローエンフェルトLowenfeld,M.が世界技法(The World Technique)を作り、1929年に発表した。その後、スイス人のドラ・カルフ(D.Kalff)がユング心理学を基盤としてさらに発展し、「砂遊び療法」(Sandplay Therapy,Sandspiel Therapie)として確立した。当初は主に子ども用のセラピーとして使用された。その理由として、子供や思春期の人間は複雑な概念や言語の構成が苦手であり、どちらかというと、遊びやその他の表現の中で、自己表現をする事が多く非言語的な手法による治療は有意義との意見がある。しかし、その後、子供だけでなく、広く精神障害を持つ患者に使用された。現在、ヨーロッパだけでなく、米国でも使用されている。


日本への導入
ユング研究所に留学中だった河合隼雄の友人が、カルフに日本人がスイスで研究している事を告げ、河合とカルフが会う事になる。カルフと会った河合は、箱庭療法を体験する事になるが、直観的に河合がかつて小学生の頃に見た「箱庭遊びと似ている」と思ったという。河合隼雄は箱庭療法に接した際、欧米と比較して非言語的表現の多い日本の文化に適していると思い、日本へ導入したという。「箱庭療法」はSandplay Therapyの河合隼雄による訳である。
そして1965年、河合隼雄により箱庭療法が日本に紹介された。最初は天理市と京都市に導入され、その後は日本で急速に普及、独自の発展を見せた。現在では、病院・学校等のカウンセリングルーム・心理療法一般・そして鑑別所等の機関で使用されている。その後、日本箱庭療法学会が設立される。

日本の中の箱庭のルーツ
日本には、伝統的にお盆の上に石を置き、風景を作る盆石(ぼんせき)や、盆山・盆景などがあり、古くから箱庭で遊ぶ文化があったという。江戸時代末期から明治初頭にかけては多くの流派があった。湯川秀樹は幼い頃、盆石遊びをし、その遊びを通して「自分の世界を作っていた」という。このように、箱庭が日本に古くから伝わる遊びや風習の中にあったといえる。
1985年に国際箱庭療法学会International Society for Sandplay Therapy が設立された。


(出典:ウィキペディア


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2007年8月3日金曜日

遊戯療法の治療

遊戯療法の基盤
現在では、1959年にアクスラインが提唱した8つの基本原理が遊戯療法の基盤として位置づけられている。
1、治療者はできるだけ早くよいラポート(親和感)ができるような、子供とのあたたかい親密な関係を発展させなければならない。
2、治療者は子供をあるがままに受け入れる。
3、治療者は、子供が自分の気持を完全に表現できるような自由感を味わえるように、その関係におおらかな気持をつくり出す。
4、治療者は子供の表現している気持を油断なく認知し、子供が自分の行動の洞察が得られるようなやり方で子供の気持を反射する。
5、治療者は、子供にそのようにする機会があたえられれば、自分で自分の問題を解決しうるその能力に深い尊敬の念をもっている。選択して、変化させる責任は子供の責任である。
6、治療者はいかなる方法でも、子供の行ないや会話を誘導しようとはしない。子供が先導するのである。治療者はそれに従うのである。
7、治療者は治療をやめようとしない。治療は緩慢な過程であって、治療者はその緩慢な過程であることを認識している。
8、治療者は、治療が現実の世界に根をおろし、子供にその関係における自分の責任を気づかせるのに必要なだけの制限を設ける。

遊戯療法の対象
幼児(3から4歳)から児童期(11から12歳)までが中心的な対象となる。 ただし、大人も遊びに従事することで、単なる言語化では気づき得ないことに至ることができるとし、大人に対する遊戯療法も実施されることがある。

遊戯療法の時間
週1回50-60分で実施される。

遊戯療法の場所
適当な広さがあって、安全面に問題の少ない部屋が用いられる。 ボール遊びのことなどを考えて、蛍光灯にカバーがしてあることや多少の水遊びをしても下の階に水漏れしないなどの配慮が必要である。

遊戯療法で用いられる遊具
遊具は、クライエントが内面的世界を表現する目的と、楽しさを味わったり、創造性を発揮する目的を持っている。 箱庭用具、描画用具、家族人形、動物人形、刀、鉄砲、パンチ人形、野球盤、将棋、オセロ、ボール、乗り物、積み木などが用いられる。
子供と子供が遊び病気が治った例もある。 遊戯療法で用いられる主な手法は患者の副交感神経をリラックス状態にしたりその状況での医師との会話などが主な手法として使われている。

引用文献
・アクスライン, V.M. (1959).  遊戯療法 小林治夫(訳) 岩崎書店
・弘中正美 (2000). 遊びの治療的機能について 日本遊戯療法研究会(編) 遊戯療法の研究 誠信書房 pp. 17-31.
・Landreth, G. L. (2002). Play therapy: The art of the relationship. 2nd ed. New York: Brunner-Routledge.
・田中富士夫 (編著) (1996). 新版 臨床心理学概説 北樹出版
・吉田弘道・伊藤研一 (1997). セレクション臨床心理=1 遊戯療法―2つのアプローチ―サイエンス社

(出典:ウィキペディア


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2007年8月2日木曜日

遊戯療法とは

遊戯療法(ゆうぎりょうほう。英名:Play therapy)とは、原則として子供を対象に、遊びを主なコミュニケーション手段、および表現手段として行われる心理療法をいう。 遊戯療法は、アンナ・フロイトとメラニー・クラインが子供に精神分析(児童分析という)を応用したところから始まった。 遊戯療法には、精神分析療法や来談者中心療法のように遊戯療法それ自体としての理論は存在せず、精神分析療法や来談者中心療法などの理論が応用され、非常に多様なものとなっている。
主なものに、アンナ・フロイトやメラニー・クラインの児童分析、ヴァージニア・アクスラインの非指示的遊戯療法、デイヴィッド・レヴィの開放療法などがある。

遊戯療法の発展
精神分析からのアプローチ
・ハーマイン・フック‐ヘルムート(Hermine Hug-Hellmuth)
遊びが子供の分析にとって重要であること、子供が自分を表現するための遊具を導入することの重要性を主張した最初の人物である。その背景には、子供が大人ほど自分の不安を言語化できないこと、自分の過去や発達の回想に熱心でないこと、多くの場合、子供が自由連想をすることを拒否したことなどが挙げられる。しかし、Specificな治療アプローチを理論化したわけではなかった。
・メラニー・クライン(Melanie Klein)
プレイ・テクニックを子供の分析手段として6歳以下の子供に用いる。彼女は子供の遊びが大人の自由連想と同様に動機的に決定付けられるとした。分析には大人の自由連想の代替方法としての遊びが用いられる。つまり、遊戯療法は子供の無意識への直接的なアクセスとなるのである。
・アンナ・フロイト(Anna Freud)
アンナ・フロイトは遊びを子供と治療者の間の治療同盟の確立を促すものとして用いた。クラインとは見解が異なるのだが、アンナ・フロイトは子供の描画や遊戯の裏に潜む無意識を解釈する前に子供と治療者のラポールを確立することを重要視したのである。アンナ・フロイトは遊びのすべてをシンボリックなものとして扱うのは懐疑的で、自由連想を改良したものを子どもに用いた。

開放療法
・デイヴィッド・レヴィ(David Revy)
開放療法はある特定のストレスフルな状況を体験した子供に用いられる。レヴィは精神分析的な解釈を不要とし、遊ぶことそれ自体に解除反応効果(抑圧された感情を解放する効果)があるというアプローチを取った。開放療法での治療者の役割は遊戯の場面の展開者となること、子供の不安反応を引き起こすような経験を遊具を通してリクリエイトさせることである。まず、子供は自由に遊ぶことでお遊戯室や治療者と慣れ親しみ、次に、治療者の裁量で子供にストレスを生じさせるような遊具を与える。遊具を通したトラウマ体験の再活性化は子供の苦痛を開放させる働きをする。もう1つの過程においては、子どもが自由な遊びを自分自身で展開していく。”演じきること”、つまり経験を再活性化するプロセスの中で、子どもは遊びを自らの統制化に置き、過去の経験における受動的な役割を”演じさせられていたもの”から能動的に役割を”演じるもの”になるのである。

非指示的遊戯療法
・ヴァージニア・アクスライン(Virginia Axline)
アクスラインはロジャーズの非指示的療法を遊戯療法に取り入れた。非指示的遊戯療法は子どもをコントロールしたり、変えたりしようとはしない、それは子どもはいつ何時も完全な自己実現に向けて邁進しているという理論に基づいている。非指示的遊戯療法の目的は子ども自身による自己認識と自己による方向付けである。設備が整えられた遊戯室のなかで子どもは自分の思うがままに遊んでも沈黙を保ってもよい。そして、治療者は子どもが言ったことを積極的に繰り返すのである。

(出典:ウィキペディア


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2007年8月1日水曜日

家族療法関連書籍

団 士郎(仕事場DAN、立命館大学大学院応用人間科学研究科教授)(1947年京都府生まれ)
・団士郎・柴田長生・川崎二三彦・早樫一男・川畑隆(著) 1991 登校拒否と家族療法 京都:ミネルヴァ書房
・団士郎・柴田長生・川崎二三彦・早樫一男・川畑隆(著) 1993 非行と家族療法 京都:ミネルヴァ書房
・柴田長生・団士郎・川崎二三彦・早樫一男・川畑隆(著) 1995 父親と家族療法 京都:ミネルヴァ書房
・団士郎(著) 2000 文芸新書85 不登校の解法 - 家族のシステムとは何か 東京:文芸春秋
・早樫一男・団士郎・岡田隆介(編) 2002 知的発達障害の家族援助 東京:金剛出版

吉川 悟(システムズアプローチ研究所所長、龍谷大学文学部教授)(1958年滋賀県生まれ)
・吉川悟(著) 1993 家族療法 - システムズアプローチの「ものの見方」 京都:ミネルヴァ書房
・吉川悟(編) 1999 システム論からみた学校臨床 東京:金剛出版
・吉川悟・東豊(著) 1999 システムズアプローチによる家族療法のすすめ方 京都:ミネルヴァ書房
・吉川悟(編) 2001 システム論からみた思春期・青年期の困難事例 東京:金剛出版
・高橋規子・吉川悟(著) 2001 ナラティヴ・セラピー入門 金剛出版
・上里一郎・西村良二・山中康裕(監修) 吉川悟・村上雅彦・東豊(著) 2002 家族はこんなふうに変わる:新日本家族十景 京都:昭和堂
・吉川悟(著) 2004 セラピーをスリムにする!:ブリーフセラピー入門 東京:金剛出版

東 豊(神戸松蔭女子学院大学文学部心理学科教授)(1956年滋賀県生まれ)
・東豊(著) 1993 セラピスト入門:システムズアプロ - チへの招待 東京:日本評論社
・東豊(著) 1997 セラピストの技法 東京:日本評論社
・吉川悟・東豊(著) 1999 システムズアプローチによる家族療法のすすめ方 京都:ミネルヴァ書房
・上里一郎・西村良二・山中康裕(監修) 吉川悟・村上雅彦・東豊(著) 2002 家族はこんなふうに変わる:新日本家族十景 京都:昭和堂
・牧原浩(監修) 東豊(著) 2006 家族療法のヒント 東京:金剛出版

学会関連
・日本家族心理学会(監修) 岡堂哲雄・国谷誠朗・長谷川浩・花沢成一・平木典子・亀口憲治・大熊保彦(編) 1999 家族心理学事典 東京:金子書房
・日本家族研究・家族療法学会(著) 2003 臨床家のための家族療法リソースブック:総説と文献105 東京:金剛出版

(出典:ウィキペディア


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